案件No.005:『麦秋』…間宮家は鎌倉にあるはずなのに、なぜ原節子は北鎌倉駅から電車に乗るのか?

ここでは鎌倉と書いたが、『鎌倉よいとこ』コーナーでは北鎌倉にあることにしてしまっていて、話に一貫性がない。 佐分利信のように「人生は矛盾だらけだ」と開き直ってもよいのだが、ここは冷静になって間宮家が実際どこにあるのかをまず考えてみたい。

鎌倉よいとこ”は書き直したため問題は解消したのだが、この文はそのまま残しておくことにする。

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紀子(原節子)と矢部(二本柳寛)が乗車するのが北鎌倉駅であることには何の疑いもない。(なにしろ、看板まではっきり映るのだから。)

作品中にはこの他にいくつか場所を示すシーンがある。 地図を見ながら一つずつ検討しよう。

(あ) 間宮家の2階からは山の尾根が近くに見える。だが、基本的に鎌倉は山だらけなので、間宮家は由比ヶ浜辺りの海沿いにあるのではないとしかいえない。

(い) 朝、出かける兄(笠智衆)に対し原が「急がないと、あと7分よ」という。つまり7分あれば駅まで行ける距離ということだ。大人の足で7分といえば約500mである。間宮家は駅を中心とした半径500mの円内にあることになる。すなわちAのエリアである。

(う) 大和からの老客,実・勇兄弟を連れて原は鎌倉大仏まで散歩する。大仏は《1》の位置にある。鎌倉駅からだと歩いて30分くらいだが、北鎌倉駅からだと1時間以上かかるだろう。北鎌倉からだとハイキングコースもあるが、普段着では普通行かない。電車で行ったとしても、そんな遠くで近所に住む矢部の母親(杉村春子)にばったり会うのはデキ過ぎである。

(え) 実・勇兄弟がパンを蹴飛ばした後、歩くのは《2》辺り。江ノ電の駅でいえば稲村ヶ崎〜七里ヶ浜だ。ここは徒歩だと大仏からさらに30分以上かかるはずだ。彼らがお金を持っているはずもなく、電車には乗っていないだろう。

(お) 兄弟探しを手伝いに出かける二本柳に対し、杉村は「八幡前から長谷の通り」を探すよう指示する。この道順は若宮大路→由比ヶ浜大通り《3》だと思われる。また、杉村は「駅の近所か待合」,「裏駅※1の方」も捜索するよう指示する。

※1:裏駅とは鎌倉駅西口の別名。東口と比較するとかなり静かである。江ノ電鎌倉駅やスーパー紀ノ国屋がある。

(か) 老父(菅井一郎)がカナリヤの餌を買いに行くといって出かけると、彼は今小路を北上し庚申塔のところから扇ヶ谷踏切に至る。これは《4》の位置である。

(き) 原が二本柳の許へ嫁に行くことを決めたあと、嫂(三宅邦子)と原は砂丘を越え、海辺に行く。これは由比ヶ浜《5》である。彼女たちは普段着・サンダル履きであり、家からふらっと行けることが示唆される。北鎌倉から歩くと50分くらいか?


以上のことを総合的に判断すると、間宮家が北鎌倉にあるのはとても不自然である。 歩いていくにはどこもいささか遠すぎるのだ。 決定的なのは(か)。 菅井の歩きの方向は明らかに北鎌倉からのものではない。

【結論1】間宮家は北鎌倉ではなく、鎌倉、現在の住所でいえば扇ガ谷一丁目にある。地図でいえば★の位置である。

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というわけで、この案件の命題は修正する必要がなくなった。 が、その分謎は深まる。 原と二本柳は鎌倉に住んでいるにもかかわらず、なぜ北鎌倉から電車に乗るのか。 原が北鎌倉から乗るのなら、笠も北鎌倉から乗ったはずだ。 解決には、映画に与えられた特権を導入せざるを得ない。

【結論2】彼らが北鎌倉駅から乗車するのは当然である。なぜなら、映画では、実際の鎌倉駅の位置に北鎌倉駅が存在するからだ。この北鎌倉駅は実際の鎌倉駅と同等の扱いで、ちゃんとした待合もあれば裏駅もある。つまり、杉村のいう「駅」もこの“北鎌倉駅”のことである。

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厳密にいえば、子供(特に動作の緩慢な勇ちゃん)の脚で扇ヶ谷から歩いて七里ヶ浜まで行くのにも現実味があるとはいいにくい。 シナリオ上は、映画の特権をフルに使って、北鎌倉から稲村ヶ崎までを歩いて行ける範囲に凝縮しているのだろう。

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Last update: 8/28/2002

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