出来ごころで紳士録
桑野通子さま。30歳そこそこで急逝してしまった戦前のアイドルである。1934年に清水宏の『金環蝕』でデビュウして以来、86本もの作品に出演しているにもかかわらず、その丸顔を拝むのは現代ではなかなか骨が折れる。 残念ながら小津作品には2本しか出演していないが、小津作品だからこそ、いつでも観られるのは嬉しい。物資乏しい折に活躍した人なので、スタアにもかかわらず左奥に銀歯が覗いたりするのが、またご愛嬌である。 美貌を競った高峰三枝子との共演作『戸田家の兄妹』では、主人公の佐分利信と結婚する第2のヒロインだったが、脇役には違いなかった。彼女の魅力を存分に楽しみたいならやはり『淑女は何を忘れたか』の方をプレイヤーにかけるべきだ。 彼女は、マンネリ化した麹町のドクタア・小宮(斎藤達雄)と妻・時子(栗島すみ子)の家庭を蘇生させるために大阪からやって来た姪の節子役。洋服を小粋に着こなし、たばこをふかし、軽妙な大阪弁を使うキュートな天使である。初代ノンちゃん・佐野周二がたじたじになるのがおかしい。 田園調布(あるいは御殿山、どっちだろう?)の未亡人・光子(吉川満子)邸でノンちゃんが家庭教師をしているとき、節子があいさつにやってくる。子供たちは勉強そっちのけで、渡辺はま子のヒット曲“とんがらかっちゃ駄目よ”を唄いながら地球儀を廻し、国の当てっこをして遊んでいる。節子はそのたわいないゲームに参加し、みごと“北極”を当てるのだ。聡明かな、ミッチー。ちなみにこのゲームで突貫小僧が“台湾”と答えたとき、葉山正雄が“台湾?”と責める。『淑女…』が製作されたのは日中戦争勃発の年である。 都合の悪いとっきゃ、しいかたがないの、それでもあなたはとんがらかっちゃアカンよ♪ この作品完成後小津は、ちょいと戦争に行ってきます。 『淑女…』は15年後『お茶漬の味』としてリメイクされている。『お茶漬…』で節子を演じたのは津島恵子であった。いくら津島恵子が一時、二代目ノンちゃん・鶴田浩二とのコンビでトップスタアだったとしても、これは圧倒的にミッチーの勝利である。文句あります? Copyright © 2002 Jinqi, All Rights Reserved. |