出来ごころで紳士録
原節子のイメージを決定づけているのは小津作品であると一般に信じられている。特にこれは『晩春』,『麦秋』,『東京物語』に至る紀子役によるものだろう。 他監督作品はさておき、僕も小津作品における原節子のファンの一人である。ナンバーワンは『東京物語』の未亡人。この原節子の美しさは驚愕ものだ。なんせ、香川京子がかすんでしまうほどなのだ。 戦争で夫を亡くし、同潤会アパートでひとり生活しているのだが、こんな人が放っておかれるわけがない。きっと会社の男たちも随分アタックしたに違いない。そして、『秋日和』で中村伸郎が遭ったように、さんざん亡夫の想い出話を聞かされ、すごすごと退散したのだ。社内での彼女の扱いがあまりにそっけないことが、そんなことを想像させる。 彼女の美しさが絶頂に達するのは、義母(東山千栄子)のお葬式の後しばらく尾道に滞在し、さあきょうは東京に帰ろうと義父・周吉(笠智衆)にあいさつする場面である。ここには『晩春』の笠智衆ほどではないが、珍しい長ぜりふがある。もう死んだ夫のことは忘れて新しい男を見つけて幸せになるよう、義父が諭している。
涙を溜め、顔をそらす紀子は、光り輝いている。 コップ酒をがぶがぶ呑もうが、のっしのっし歩こうが、一時ファシストだっただろうが、もうよぼよぼのおばあちゃんだろうが、スクリーンの原節子は永遠である。 Copyright © 2002 Jinqi, All Rights Reserved. |