出来ごころで紳士録

第7位 長岡 輝子 ながおか てるこ

出演作 (製作年) 役名
東京物語 (1953) 周吉の友人・服部の妻・よね
早春 (1956) 杉山の同僚・三浦の母・さと
東京暮色 (1957) 家政婦・富沢
彼岸花 (1958) 家政婦・富沢
お早よう (1959) 富沢とよ子
秋刀魚の味 (1962) 家政婦・富沢

この人が小津作品に出演したのは『東京物語』で、服部(十朱久雄)の奥さん・よね役が最初である。また、最も大きな、換言すれば出番と台詞の多かったのは『お早よう』の富沢とよ子役で、これは東野英治郎の奥さんだった。

『お早よう』における東野英治郎・長岡輝子夫婦の名字は、いろいろな文献によれば“宮沢”ということになっているが、作品を確認してみるとどう聞いても“トミザワ”である。タイトルバックの配役のところの文字はつぶれていて、“宮沢”に見えなくもないので、誰かがどこかにそう採録してしまい、そのまま広く流布してしまったものとみえる。

とはいえ、長岡輝子といえば、やはり“家政婦”の富沢さんである。役の性格上話のメインにはなりえず、たまに出てきて控えめに主人あるいは客に向かって2言3言話しかけるだけであるが、これでなかなか存在感がある。富沢さん演技の白眉は、上方の怪物コメディエンヌ・浪花千栄子との対決であろう。

『彼岸花』の平山渉(佐分利信)宅で家政婦をやっている富沢さんは、ある日、平山の旧知である京都の佐々木初(浪花千栄子)の訪問を受ける。平山の妻・清子(田中絹代)は在宅だが、お茶を出すのはもちろん家政婦の仕事である。

富沢 (お茶を運んできて) 「いらっしゃいませ。」
(風呂敷を解きながら) 「あ、こんにちは。おじゃまさせてもろうてます。」
富沢 (お茶を出す) 「…(無言)」
(菓子折を差し出して) 「あのう、これ。つまらんもんどすけど、どうぞ。」
富沢 (おじぎしながら) 「ありがとうございます。いただきます。」
(突然思いついたように) 「あんたやおへんで。おうちへどっせ。」
富沢 (クールに) 「へぇ、わかっております。」

文字にするとその面白さが十分に伝わらないのが残念だが、とにかく堂々としたものである。

読者の中には、上の出演作一覧に『秋刀魚の味』が含まれているのを訝る人もあるかもしれない。同作で富沢さんは、話の中でしか出てこない。娘・路子(岩下志麻)が父親の周平(笠智衆)に、家政婦の富沢さんは兄の嫁が死んだので田舎に帰ることになり辞めてしまったことを伝える。この富沢さんが、たとえ姿形が見えなくとも、長岡輝子以外の誰でもないことには異論の挟みようがないだろう。

ちなみに、『東京物語』の“よね”から“家政婦”の富沢さんへのパスにも伏線がある。『お茶漬の味』の佐分利信宅で、住み込んでいる女中が ふみ と よね なのだ。このよねは別の女優が演じていたが、長岡輝子が『東京物語』でよねになったとき、将来の家政婦役が運命づけられたのである。

第6位へ■ ■一覧へ

Index
Last update: 9/3/2002

いさむちゃん1号 Copyright © 2002 Jinqi, All Rights Reserved.