[↓2002年][↑2004年]

2003年に観た映画の一覧です

今年の目標: いづみさま(芦川いづみ)ご出演映画通算鑑賞率(ビデオ含む)50%超(まであと 本)←11/16にビデオで達成(^^)

総括: 今年は幸運にもいづみさまものがたくさんかかったので目標を無事達成。全体の本数も久々に120本をオーバー。清水、中平、もちろん小津と、企画もナイスで、映画的にはなかなか満足の一年でした。

Best10です。(旧作は含んでいません。ただし日本初公開作は新作扱い)

  1. #90「さらば、龍門客棧」蔡明亮/2003/台湾
  2. #40「春の惑い」田壮壮/2002/中国
  3. #28「過去のない男」アキ・カウリスマキ/2002/フィンランド
  4. #102「キル・ビル」クエンティン・タランティーノ/2003/米
  5. #9「1票のラブレター」ババク・パヤミ/2001/イラン=伊
  6. #99「冬至」謝東/2003/中国
  7. #62「テープ」リチャード・リンクレーター/2001/米
  8. #125「夢幻部落」鄭文堂/2002/台湾
  9. #131「息子のまなざし」ジャン=ピエール・ジャルデンヌ,リュック・ジャルデンヌ/2002/ベルギー=仏
  10. #36「blue」安藤尋/2001/オメガ・コミット=スローラーナー

星の見方(以前観たものには付いてません)
★★…生きててよかった。
★…なかなかやるじゃん。
無印…ま、こんなもんでしょう。
▽…お金を返してください。
凡例
#通し番号「邦題」監督/製作年/製作国/鑑賞日/会場[星]

#131「息子のまなざし」ジャン=ピエール・ジャルデンヌ,リュック・ジャルデンヌ/2002/ベルギー=仏/Dec. 30/ユーロスペース1★
僕は、映画には必ず笑いが欲しいと思っている人間だ。たとえテーマが深刻なものであれ。そういう意味で本作は落第だ。余りにもストレートで恐ろしい。唐突なエンディングの後クレジットが流れる中で自分が満足しているのを感じたのは、ポリシーからすれば意外ではあったが納得も十分できた。自分の息子を殺した少年に対する男の複雑で微妙な心理を追う手持ちキャメラ。音楽は一切なし。この緊張感。それに、相当の低予算で撮られていることは間違いない。脱毛、もとい脱帽ものである。『ロゼッタ』(1999)は未見だが、機会があれば拝みたい。年の瀬に、ええもん見せてもらいました。
#130「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」アキ・カウリスマキ,ビクトル・エリセ,ヴェルナー・ヘルツォーク,ジム・ジャームッシュ,ヴィム・ヴェンダース,スパイク・リー,陳凱歌/2002/独=英/Dec. 30/恵比寿ガーデンシネマ1
実のところあまり期待していなかったのだが、結構面白かった。集められた面子はいわゆる巨匠と呼ばれる監督ばかり。10分、フィルムでいえば1巻という長さで何が表現できるのかという、半分遊びみたいなテーマであり、誰もが楽しんでやったのだろう。各監督の個性が凝縮された“小粒”揃いに仕上がっている。7作品、どれも楽しめたのだが、強いていえばジャームッシュのがお気に入りだな。多忙な女優の、ひとりになれるつかの間の10分の休憩時間。ナチュラルだ。この人、ほんとにアメリカ人だろうか? 本作とペアになっている『10ミニッツ・オールダー イデアの森』は、たぶん観ない。面子が重そうなんだもの。
#129「お月様が見えない」蔡明亮/2001/台湾/Dec. 28/六本木オリベホール(台湾映画祭)
うーん、これ、蔡明亮印だから皆観に来るけど、やはりお金出してまで見るもんじゃないよな。所詮は子供向けのテレビ番組である。犬が李康生だからって、皆きゃーきゃー言ってたけど、おいおいだ。多少、自己嫌悪である。途中からアメリカ人の太空人(宇宙飛行士)が出てきて、英語のお勉強ミュージカルみたいになってしまった。台湾の幼稚園にはバイリンガルを宣伝文句にして、外国人の先生を雇っているところが多いようだ。確かに台湾人の喋る英語はかなり自然に聞こえるので、この辺の教育事情が影響しているんだろうな。そんなことを考えながら、終わるのを待っていた。『月亮不見了』(本作の原題)より『天橋不見了』が観たい。
#128「愛情霊薬B.T.S.」蘇照彬,李豐博/2001/台湾/Dec. 28/六本木オリベホール(台湾映画祭)
主人公の高校生、どこかで見たことがあると思っていたら無印良品の片割れ(光良)だったんですね。無印良品って解散したの? 良品計画から苦情が行ったのかも。そこいらにたむろしている日本と違い、旅行に行ってもほとんど見かけることのない不良少年少女をメインに据え、さまざまな登場人物との絡みをコミカルに描写した映画は結構面白かったし、台湾電影の幅が拡がってきたことを実感させる効果はあったと思う。が、こんな漫画みたいなのが主流になって欲しくない。韓国映画みたいにもなって欲しくない。台湾電影は台湾電影です。途中で戴立忍の白バイに突っ込まれて死んでしまうエロ本屋主人は往年の歌手、陳昇。会場にはコアなファンが多数いたらしく、出てきたところでどっと笑いが起った。
#127「猫をお願い」呉米森/2002/台湾/Dec. 28/六本木オリベホール(台湾映画祭)
題名のかわいさに騙されてはいけない。『恋愛回遊魚』(2000)は家でDVDを観たのだが、途中で寝てしまった。本作も同作と同様、ビジュアルに走りすぎている感がある。主演は武田真治。日本の俳優である。一応台湾人という設定だと思う。この台湾映画祭の上映作品に共通する特徴として、ストーリー上、何かと日本が絡んでいることがあげられる。特にそういうものだけを選んだわけではなさそうなので、そのような性格の作品が増えているのだろう。僕らが台湾に通い始めて約10年。アジア的なカオスの面影がかなり残っていた台北も、いまはすっかり東京化してしまった。グローバリゼーションはいやだ。汎アジア化現象もいかがなものかと思うな。
#126「生命(いのち)」呉乙峰/2003/台湾/Dec. 27/六本木オリベホール(台湾映画祭)
921大地震から4年。土砂に埋まった震源地の村で生き残った人が、いかにその後を過ごしてきたかを追ったドキュメンタリー。地震の被災者には、戦争などと違い怒りのやり場がない分、あきらめの表情がある。悲劇を題材にするドキュメンタリーの問題は、撮影が一種の暴力あるいは非援助行為となり得ることだ。このために被写体から拒絶・非難される可能性はかなり高い。監督はこれを克服するため、現地に入ってから一ヶ月はキャメラを回さず、相手と理解しあうことに努めたという。その甲斐あって、全員とはいかないまでも、最後にはなんとか立ち直り新しい人生を歩み出す姿を捉える。前日、イランでまた大地震が起こり少なくとも数千人(後日2万人)の死者が出たというニュースを聞いたばかり。兵器開発や義捐金供出よりも、地震に耐え得る街・環境作りを地球レベルでできないものかな。
#125「夢幻部落」鄭文堂/2002/台湾/Dec. 27/六本木オリベホール(台湾映画祭)
台湾映画祭って毎年やってるんだっけ? 謎の映画祭だがラインナップはなかなかよさそうなので、最近めったに足を踏み入れなくなった六本木へ出向く。おお、駅のところにこんなビルが建っているなんて知らなかったぞ。ホール自体はちゃちな作りでがっかりだけど、最初に観たこの作品はとても気に入りました。愛すべき誰かが愛している誰かを探しているエピソードを、『恋する惑星』ばりのささやかなコンタクトでつないでいく。各人の切ない思いが画面を通してずんずん伝わってくる。いまはなき(ないよね?)青い車両の台鐵列車内での、ラストシークェンスも極上。久しぶりに後味のさわやかな映画を観た気がする。あのメリー・ゴーランドはどこにあるんだろう?
#124「不見」李康生/2003/台湾/Dec. 21/絶色影城(台北)
SARS患者が出たところだったので、冒頭のシークェンスには妙なリアリティが感じられた。金馬奨で最優秀撮影賞を受賞。やはりあの隠し撮りもどきが効いたのだろう。主要な舞台となったのは李康生のマンションに面しているという中和公園。もちろん行ってみた。まだ1/3は工事中だった。できあがった部分では、映画と同じく、子供たちが遊び、老人が思い思いに運動していた。行方不明になったおじいちゃん(苗天)とシャオイーは、公園を抜け出し福和大戯院で『龍門客棧』を観ていたわけだが、帰り道におもちゃの刀を買ってもらって得意げなシャオイーが、苗天のファンになったか石雋のファンになったかは定かではない。終映後、蔡明亮プロデューサーが突然登場し、挨拶と質疑応答タイムになった。珍しく怒っていなかった。
#123「不散」蔡明亮/2003/台湾/Dec. 21/絶色影城(台北)★★
ご存知、『さらば龍門客棧』である。舞台の福和大戯院に出向いてから5日後に、西門町で観た。福和大戯院は本当に閉館していたので中には入れず、劇場入口と雨を挟んで三田村氏がたたずむ場所等が確認できただけだったが、それでもなかなか感慨深かった。『不見』『不散』の両作は、台湾では(関係ないけど)小津の命日12月12日が初日。劇場は、シネコンながら定員100名余りのミニスクリーン。満席なのにホッとする。観客はかなり若い層が主力で、どれだけの人が『龍門客棧』を観ているのかはなはだ怪しかったが、ちゃんと皆笑ってたし、まあいいでしょう。全家(ファミマ)で前売券を買って行けば『ふたつの時、ふたりの時間』の続編といえる『天橋不見了』のDVDがもらえたのを知らずに当日券で入ってしまい、残念無念。
#122「大地」マスード・キミヤイー/1974/イラン/Nov. 30/有楽町朝日ホール(FILMeX)
イスラム革命前のイラン映画といえば『静かな生活』を思い出す。本作はそれとは異なり、どちらかというとメキシコとかキューバといった中米(が舞台の作品)を連想させるワイルドなもの。こういう作品もあったのか。ラクダの喉を掻き切って殺すシーンが強烈。小作人一家の兄弟と地主の執事になった与太者の確執を描き、毎度血を見る喧嘩を重ねた上両者とも悲劇的な末路へ向かう。殺された(と思われる)弟を、よく検死もせず、その日のうちに墓地に埋葬してしまうのって、まずいんじゃないか? ショックで流産したらしく大量に出血した妻が、そのまま歩いて墓地に行っているのも現実味に欠けるなあ。病院行ったら?
#121「ディープ・ブレス」パルヴィズ・シャバズィ/2003/イラン/Nov. 27/有楽町朝日ホール(FILMeX)
会社を早々に引き上げて行ってみれば、上映トラブルがあったとかで開演が1時間程度遅れた。1時間とはあんまりである。映画祭事務局としては大きな失態だと思うが、翌日のメールマガジンではひと言も触れていなかった。ちょっとだけFILMeXに対する信頼が揺らいだ。作品は、これまでのイラン映画のイメージを裏切る、絶望した若者の行く末を追ったもの。イランに特有な事象は何もない。たまたま舞台がイランだっただけ。あ、ひとつだけイスラム社会ならではのものがあった。盗んだ車の中で青年が女子大生(こいつが本当によく喋る女)を口説くとき、“君の髪が見たい”って言ってた。なるほどねえ。
#120「港の日本娘」清水宏/1933/松竹蒲田/Nov. 24/有楽町朝日ホール(FILMeX)
本特集の目玉プログラム。チャンチキトルネードとかいう楽団の伴奏付で上映される、清水宏30歳時の作品。外国人の血が流れる江川宇礼雄と井上雪子が、横浜の外国人居留地を舞台に、外国人役(?)で準主演。ハイカラである。井上雪子といえば『美人哀愁』(小津安二郎/1931/松竹蒲田)などにも主演し、一時期小津が入れ込んだという噂のある美人女優。この伝説女優が、なんと来場。観客から拍手喝采を受けていた。もう90歳近いのにお元気そうで何よりである。作品自体は、特に後半あまり清水っぽくないが、何でも撮れる力量は感じられた。生演奏は、横浜を表現するのに『ロシュフォールの恋人たち』に似たメロディを使ったりして苦労が感じられたが、もともと伴奏なんて不要と思っている僕に3,000円はやはり高いよな。
#119「有りがたうさん」清水宏/1936/松竹大船/Nov. 24/有楽町朝日ホール(FILMeX)★★
ついに観たぞ、スクリーンで。清水宏の最高傑作。というには異論があろうが、少なくとも僕が最も好きな作品。少し長めに書かせてもらいます。
 本作は劇場でかかることが全くなく、我慢できなくてVHSを買い、パンダゴロに冷たい目で見られながら連日繰り返し観ていたものだ。このVHS版。各カットの繋ぎ目のストップモーションと独特の浮游感が棒読みのアフレコ台詞と相まって格別の味わいがあった。今回観たフィルムセンター所蔵のプリントはどうやら高級な別バージョンのようで、浮游感があまり感じられない代わりに、音声がクリアなのに驚いた。桑野通子(ミッチー#19)が歌を唄うよう促されて“歌が唄えりゃ○○会社に雇われてるよ”というくだりの○○はいままで“飛行機”だと思っていた。昔のアテンダントはバスガイドみたく歌を唄っていたのかと感心していたのだが、なんのことはない“蓄音機”だったのだ。
 原作は川端康成の『掌の小説』中の一編『有難う』。文庫本で4頁余りの短いお話である。この原作では、有りがたうさんの運転するバスで売られていく娘を、母親が有りがたうさんに一夜提供することによって、娘は救われ翌日同じバスで帰って行く。映画では一夜提供というエピソードはなくなり、ミッチーの語りかけによって有りがたうさんが娘を救うという、いまひとつ説得力に欠けるストーリーに変えられた。清水オヤジは生々しいのは嫌いだからね。詩人だもん。
 上原謙演じる有りがたうさんなる人物、皆に人気の好男子という設定だが、考えてみればとんでもない奴である。売られていく娘に対して皮肉をバンバン言うし、降りた客のゴシップ話はするし、崖から落ちかけてもヘラヘラ笑っているし、強制連行の朝鮮人労働者の娘が“ありがとおさあーん”と呼びかけ追いかけているのに天城峠の休憩所まで停ってやらない。他の日本娘が声をかけたら停ってやったのにだ。それに、途中で水戸光子と翌日五目並べをする約束をしたが、売られる娘を連れ帰ったのだから、この約束は破るに違いない。
 そんな男がやはり好人物に見えてしまうのは清水映画のミラクル・ラブ・マジック(笑)か。一応断っておくが、清水オヤジは別に民族主義者あるいは朝鮮人差別主義者ではなく、虐げられた朝鮮人への愛情表現があのようになっただけである、たぶん。寒い笑いとたわいもないドラマを乗せて走る乗り合いバスを包む伊豆半島の自然と村。最高だ。
 ちなみに、周[王旋]の『夜上海』のイントロで聞く、トテタトーなる音がバスのクラクションだと知ったのは、『有りがたうさん』のおかげだった。
#118「オール・トゥモローズ・パーティーズ」余力爲/2003/香港=仏=韓国/Nov. 24/有楽町朝日ホール(FILMeX)
天上の恋歌』の余力爲。第二作はSF。といってもどうも未来の話ではないように見える。大躍進の匂いがする。毛沢東の匂いがする。下放の匂いがする。一見チープだが、実は結構お金がかかっていそうな作品だ。“解放”後に住み着いたアパートは、金子光晴が愛したパトパハで最初に覗いたホテルを思い出させた。僕には廃虚としか見えなかったあのホテル。まだ営業しているだろうか? それはともかく、パンクが好きだというこの監督とは感覚的に合いそうにない。パンダが好きだという奥さんとは合うかもしれないな。
#117「アブジャッド」アボルファズル・ジャリリ/2003/イラン=仏/Nov. 24/有楽町朝日ホール(FILMeX)
予備知識がないため想像になってしまうが、これはジャリリ監督の自伝的作品でしょうね。冒頭から主人公の少年の走る姿がある。つまり、監督自身、小さいときから走り続けているわけだ。道理で…。イスラム革命、イラ・イラ戦争と世の中が激動するなか、目移りの激しい少年は、それでも女の子だけは執念で同じ子を追いかけ、警察に捕まってしまう。ストーカーだったのか、ジャリリ監督。コーラン塾に行く場面がある。そこで、独特のリズムでコーランを繰り返し暗唱する(“アブジャッド”って何?)。学校(夜学?)で英語を習う。おや、コーランのときとまったく同じリズムでフレーズを反復しているぞ。イラン人がものを憶えるとき、いつもあのリズムを使うのだろうか。
#116「小原庄助さん」清水宏/1949/新東宝/Nov. 23/フィルムセンター小ホール(FILMeX)
初回もフィルムセンターで観たんだな。大ホールだけど。注目したいのは、日守新一と田中春男。日守は松竹、田中は東宝の人間で、二人が共演したのは本作が唯一ではないかと思う。貴重である。どちらもボケ役だがタイプがまったく違う。同じフレームに納めると支離滅裂になりそうで、実際、そのような事態は避けられている。あとの注目は、大河内傳次郎演じる小原庄助さんの大邸宅を突っ切る大移動撮影。作品全体としては往年の冴えがなくなってきてはいるが、やはりこれぞ清水オヤジ印である。
#115「蜂の巣の子供たち」清水宏/1948/蜂の巣映画部/Nov. 23/フィルムセンター小ホール(FILMeX)
ビデオに録っていながら、いまだに観ていない戦後の代表作品をスクリーンで。下関に引き上げてきた復員兵が、自分が育った感化院へ帰る。戦災孤児を伴って。つまり、これは清水が好きな、移動する映画であり、子供映画である。孤児たちを暖かく厳しく支える復員兵は、体形の差こそあれ、清水本人の投影かもしれない。瀬戸内海が美しい。広島の街が痛ましい。お姉さんが不細工だ。最後の町は神戸だった。ということは関西エリアにあるのだろう。みかへりの塔が見えたときには懐かしさを感じた。笠智衆はもういないようだったが。
#114「」清水宏/1941/松竹大船/Nov. 23/フィルムセンター小ホール(FILMeX)★
前回スクリーンで観たのは1995年の東京国際映画祭。うちではVHSを繰り返し観ているので、それとの違いを確認する目的もある。おそらく同じネガだろう。のんびりした下部温泉の風景。ここに集いひと夏を過ごす人たち。暇で暇で仕方がない彼らにとっては、ちょっとしたことでも大事件である。笠智衆の足に簪が擦っただけで、やれ“情緒的イリュージョン”だの“醜ならざるはない”だの、ねえお前。あ、失礼しました。戦時中の作品とは思えないおおらかさ。ネガが傷んでいるからなのか、それともGHQにカットされたのか、話が飛び飛びなのは残念である。毎日お稽古していらっしゃるの? あなたも? ぜひ完全版を観たいものだが、タイムマシンがないと無理だろうな。
#113「歌女おぼえ書」清水宏/1941/松竹大船/Nov. 22/フィルムセンター小ホール(FILMeX)
今年のフィルメックスの目玉は清水宏特集。“小津は最高だが清水もええぞ”と以前から唱えていた僕としてはまことに嬉しい。特に『有りがたうさん』の上映は至上の喜びである。そんなわけで今年のフィルメックスは清水に注力している。本作は初見。どさ回りの水谷八重子が茶問屋の旦那に拾われ、旦那の死後苦労しながらも若旦那・大船のスタア上原謙と結婚し幸せを掴む新派劇である。物悲しさがしみ渡る佳作。僕も甘酒飲みたい。医者役が日守新一だというのにクレジットで気づいたのだが、よく見てもわからなかった。いじわるな河村黎吉はこんなとこ(浜松?)まで来て平松を“しらまつ”なんて呼んでいる。江戸っ子以外は演じることができない不器用な役者だ。なんてね。
#112「春夏秋冬…そして春(仮題)」キム・ギドク/2003/韓国/Nov. 22/有楽町朝日ホール(FILMeX)
湖に浮かび、水面をゆっくり漂う寺。俯瞰になったときはソラリスかと思った。“春”が終わるあたりで、こりゃどえらい作品かも、と気合いを入れた。“秋”までは完璧である。“冬”になって、あらあら、と気が抜けた。監督演じる坊さんが修業を始めて、肉体美を延々とひけらかす暴挙に出たのだ。ストップモーションまで使って。この坊さんが寺を逃げ出した若い坊さんと同一人物だというのは、容貌からしても、時間の繋がりからしても、相当無理があると思うぞ。実際、漬物石(?)を腰につけて山登りを始めるまで気がつかなかった。Q&Aで監督は(正確には通訳は)、岸にある門に描かれているのは四天王だと言った。あれは四天王じゃなくて仁王でしょう。
#111「恋も忘れて」清水宏/1937/松竹大船/Nov. 22/フィルムセンター小ホール(FILMeX)
ミッチー#33。『淑女は何を忘れたか』と同年の作品である。そう思ってみるとなかなか面白い。かたやお嬢様、かたやカフェ女給のミッチー。かたや大学助手、かたや与太者の佐野周二。かたや医学部学生、かたやダンスのなかなかうまいカフェ客の大山健二。ミッチーには息子がいて、それはもちろん爆弾小僧。二人は横浜の、八角紅樓みたいな建物の二階に住んでいる。バクダンは中華街に住んでいると思われる中国人の子供たちと友だちになる。朝鮮人とも仲よくなるバクダンに国境はない。これは清水宏のポリシーでもあろう。ミッチーはさすがに元ダンスホールのダンサー。ソロで踊るシーンも堂々としたものである。そういや、元SKDのはずのいづみさまが踊るのって見た記憶がないな。
#110「宗方姉妹」小津安二郎/1950/新東宝/Nov. 21/フィルムセンター
現存作品のなかで最もレアな作品のひとつ。だったのだが、ついにDVDが発売される。とにかく、心躍る11年ぶりの鑑賞である。タイトルは“むねかたきょうだい”と読むのだけれど、これは原作者の“大佛次郎”の読み方と同じくらいむずかしい。小津作品最後の出演となる斎藤達雄が京大医学部で講義をしている。学生に大山健二がいないので『淑女は何を忘れたか』と間違えずに済む。笠智衆は前年の『晩春』で演じた大学教授とそっくりである。全体としては『月は上りぬ』に『風の中の牝鶏』の重さを加えたような印象の作品。原作と比較して、上原謙と高杉早苗の関係をあまりにさらっと描きすぎか。小津がそんなところを追求するはずもないが。デコちゃんの芸は楽しい。でも、ちょいとしつこいかな。悪いけど。
#109「阿修羅のごとく」森田芳光/2003/『阿修羅のごとく』製作委員会/Nov. 15/日劇PLEX3
(ハル)』以来の森田作品への出演は、ふかっちゃん#10。四人姉妹+母親を中心とした男性関係の修羅場の物語だが、鏡餅に始まり茶わん蒸しで終わることに象徴されるように、食べることにこだわった作りである。と同時に、なぜか足への執着も感じられる。森田監督、足フェチか? 時代設定は1978年くらい。ふかっちゃんの旦那になる中村獅童という男が茶髪だったのが気になったが、インテリアや車などは頑張って集めたな、という印象である。こういう四人姉妹の話といえば『四つの恋の物語』(西河克己/1966/日活)とか『若草物語』(森永健次郎/1964/日活)が連想される。とすれば、ふかっちゃんは吉永小百合である。スタアだね。大竹しのぶがいづみさまってのが許せないが。こないだ奈良に行ったときに見た、興福寺の阿修羅像が最初に出てきた。やはり阿修羅といえばあれでしょう。
#108「ホームラン」梁智強/2003/シンガポール/Nov. 9/シアターコクーン(TIFF)
上映前に“アジアの風”部門の表彰式。ポン・ジュノが選ばれる。おめでとうございます。映画の方は昨年『僕、バカじゃない』を観た梁智強作品。ほぼ同じ出演陣だ。シンガポールの映画産業は成立してから日が浅いそうだから俳優層が厚くないのかもしれない。中身はイラン映画『運動靴と赤い金魚』の、独立時代のシンガポールに舞台を置き換えたリメイク。同じ話を映画化するのに30年の時差が必要だったということだ。われわれが考えることではないが、この地域差が生む時差を縮めるべきかどうかは、難しい問題である。オリジナルは、純粋・無邪気な子供世界を描く背景にイラン政府の国民に対する教育がかいま見える構造だったが、こちらは国の当時・将来の問題が観客に明らかに見えるように作られている。妹役の女の子がナイス。最後に手に入れた運動靴はナイキ、なわけない。
#107「メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶(原題)」ポン・ジュノ/2003/韓国/Nov. 9/オーチャードホール(TIFF)
韓国では『マトリックス・リローデッド』の興行成績を抜いたとか、大変な人気だったらしい。『ほえる犬は噛まない』のポン・ジュノ第2作である。実際にあった迷宮入り事件が題材。長尺だが最後まで飽きさせない。迷宮入りとわかって観ていても、あれやこれやと犯人について考えてしまう。考える材料を抑えているのがいいのだろう。主演はソ・ガンホ。ソウルからやって来る同僚の名前は忘れたが、数式で書けば(0.7×佐藤浩市+0.3×梁朝偉)。それに間寛平みたいな暴力刑事。事件は連続美人強姦殺人なのだが、映画に美人はほとんど出てこないのが残念といえば残念。ソウルから来た刑事は、なぜこんな事件の捜査を志願したのか、最後まで示されない。ここだけはちゃんと説明して欲しかったな。
#106「誘惑」中平康/1957/日活/Nov. 8/ユーロスペース1
いづみさま#31。今年の目標達成についにリーチである。いづみさまは主役のじーさん・千田是也の初恋の人役で、かつその娘役(つまり二役ですね)。なんとこのじーさんが、いづみさまの寝込みを襲ってセップンするとんでもない驚愕のシーンがある。中原早苗を筆頭とするいつもの中平組、左幸子、轟夕起子、宍戸錠と二谷英明(どちらも端役)、長岡輝子、はたまた本物の岡本太郎までの豪華出演陣。中原早苗はバカの役。バカじゃない出演者には独白の特権が与えられ、これが全編を覆って痛快なコメディに仕上がっている。渡辺美佐子がシンデレラばりのいい役で、めずらしくハッピーエンド(安井昌二と結婚する)。たまにはそうでなくちゃ、かわいそうだもんね。
#105「殺したのは誰だ」中平康/1957/日活/Nov. 8/ユーロスペース1
主演菅井一郎。これだけでパンダゴロが喜びそうである。小林旭はその息子で学生。旭の姉は渡辺美佐子。菅井一郎は老いぼれたヤモメの自動車セールスマン。最近は後輩・西村晃にやられっぱなしで、愛人の山根寿子まで取られそう。金に困った菅井は西村から持ち込まれた保険金詐欺に手を付ける。臆病な菅井は、結果として殿山泰司を殺してしまう。すでに崩壊した家庭のやり直しを図る旭は金を作るため西村の誘いに乗る…。全編に絶望感が漂う佳作。暗いので何度も観たくはない。渡辺美佐子のわき毛も何度も観たくない。旭はビリヤードがうまいという設定で、賭けゲームのシーンが2度ほどある。いくつものテイクから成功したのを拾っているのかもしれないが、本当にうまい。ダイスもうまいし、未来のスタアは最初から違うぜ。(本作は7本目)
#104「月曜日に乾杯!」オタール・イオセリアーニ/2002/仏=伊/Nov. 8/シャンテ・シネ3
予告篇でヴェニスが写っていた。おお、憧れのヴェニス。レンガ色の屋根が水の上に延々と拡がる美しい街。観たい。というわけで出向いたのだが…。いつまで待ってもヴェニスに主人公が行かない。フランスの片田舎で、工場通いの単調な暮らしがまずは描かれる。そこには妙な人々。無言で進むこのパートは、タチを連想せずにはおれない。やっとこさ、登場するヴェニス。たしかに街は美しい。しかし、そこでも結局は同じ暮らし、工場への往復と、禁煙キャンペーンが待っている。グローバリゼーションというやつである。こんな世の中、どこに住んでも同じなんだ。要は考え方ひとつ。それだけで、幸せになったり、不幸になったり。窮屈なことだ。イタリア旅行ではスリに気をつけろとよくいわれるが、この映画でもヴェニスの町で主人公がスリ被害に遭う。被害者は日本人だけじゃないわけだ。イタリアのスリ人口密度って世界平均の何倍くらいなんだろうか? でも、一度は行きたいイタリア旅行。
#103「アラブの嵐」中平康/1961/日活/Nov. 4/ユーロスペース1
いづみさま#69。自宅でビデオは観ているし、たいした作品でもないので観なくてもいいかなと思っていたのに、パンダゴロが是非観たいというのでユーロまで出向いた。一日4本というのは、いまの僕には臨界点ぎりぎりである。アキラは『波濤を越える渡り鳥』(斎藤武市/1961/日活)でタイに行った。ジョーは『メキシコ無宿(蔵原惟繕/1962/日活)で中米に行く。トップスタアの裕次郎はアフリカというわけだ。パンナム協力でなぜアフリカなのか疑問だが、とにかく舞台はカイロである。しかも無目的。そんなので行けた時代かどうか疑わしい。一方、いづみさまは行方不明の父親を探しに、パリへ行く途中に立ち寄ったという設定。このたまたま飛行機で席が隣り合った二人が、“ナショナリスト”グループと“帝国主義者”グループの争いに巻き込まれる。こう言うと、独立のため一所懸命になっている“ナショナリスト”さんに悪いが、やはり下らない話だ。いづみさまの英語が聞けるのが存在価値か。
#102「キル・ビル」クエンティン・タランティーノ/2003/米/Nov. 4/渋谷ピカデリー★
死んでいたぁ、朝にぃ、弔いのぉ、雪が降るぅ♪ 帰ってからビデオを確認したが、こりゃ『修羅雪姫』(藤田敏八/1973/東宝)のリメイクだ。といっても、梶芽衣子の役はユマ・サーマンとルーシー・リューに分身している。ルーシー・リューは仇なので、中原早苗の分身でもあるだろう。好きなのか、本作でも時間の進行を大胆に編集。いろいろな映画をごった煮にして“好きなもの全部入り”を作る、こういう感性の人は他にもいると思うが、ハリウッドのビッグバジェットが使えるタラちゃんの暴走ぶりには誰も追随できない。この映画に文句を付けたりとやかく突っ込みを入れるのはナンセンスである。すべては確信犯なのだから。そんな奴は“殺っちまいな”だ。来春のvol. 2が待ち遠しい。
#101「私とパパ」徐静蕾/2002/中国/Nov. 4/渋谷ジョイシネマ(TIFF)
張元と徐静蕾って何か特別な関係? 本作で張元はプロデューサーで、かつ出演もしている。主役は曾志偉似のおっさんで、これが徐静蕾のお父さん。離婚していたが、お母さんが死んだため引き取られる。それからのお話。一見やくざにしかみえず、実際、外ではやくざ同然の商売・生活を送っているお父さんは、家では娘がかわいくて仕方がない。憎めないおっさんである。徐静蕾の監督第一作、悪くないと思ったが、終映後の拍手は淋しかった。そういえば、“中国四大女優”(四大名旦というんですか?)の四人目は趙薇だとパンダゴロに教わった。なるほど。またひとつ偉くなった。
#100「I LOVE YOU(原題)」張元/2002/中国/Nov. 4/渋谷ジョイシネマ(TIFF)
徐静蕾って普通だよね。中国四大女優のひとりなの? あと誰? 周迅ならまあ納得だ。章子怡は入ってそうだな。残る一人は? それはともかく、今年のTIFFは徐静蕾の出演作を3つもかける入れ込みようである。そのうち2作を観る予定。本作の徐静蕾はちょいと異常な看護婦。結婚願望が強く、適当に相手を見つけて(のようにしかみえない)さっさと所帯をもつ。この後の夫婦喧嘩が強烈。マシンガンのごとく繰り出される罵り。北京語って喧嘩向きだよ、まったく。これくらい、いっぱい喋れる♪といいね。唄ったついでに記しておくと、今年のNOVAうさぎの露出度は高い。入口でティッシュ配ったり、ティーチインのマイクスタンドにぬいぐるみが付いていたり、もちろん上映前のCFも。相変わらず、なんでこいつがうさぎなのかさっぱりわからん。
#99「冬至」謝東/2003/中国/Nov. 3/シアターコクーン(TIFF)★
全編彩度を低くした映像で、題名にふさわしくいかにも寒い。真冬の北京の街はもちろん、室内までも寒いのだ。妻の浮気で家庭崩壊寸前の弁護士とそのクライアントの妻。この二人の“妻”を演じているのが、胡靖[金凡](『春の惑い』)と秦海[王路](『ドリアン・ドリアン』)の中国二大地味顔女優だ。地味だけど存在感はあるぞ。病院で、弁護士とクライアントの妻、弁護士の妻とその若い愛人、弁護士の離婚した両親が一堂に会する場面は圧巻である。笑わずにはおれない。崩壊寸前で持ちこたえた弁護士家庭。妻が浮気した原因は示されないが、まあ夫にも責任があったのだろう。今後も波風は立とうがなんとかやっていくような気がする。冬至の後は暖かくなる一方なのだから。弁護士の娘は朝ご飯でOREOをミルクに浸して食べてたな。北京人なんだから油餅を豆ジャンに浸して食べなさいよ。
#98「7-ELEVENの恋」[登β]勇星/2002/台湾/Nov. 3/シアターコクーン(TIFF)
感心したのは、これまでの外国映画に出てくる日本人というのは、僕の目にはいつも浮いた存在だったのに、この映画は違ったこと。和志武礼子という人、もちろん日本人として出演しているのだが、彼女の極めて自然に異文化に溶け込む姿とかなり流暢な北京語は、日本と周りの国々の新しい関係を感じさせる。当然、これは監督の姿勢と力量でもある。以上は映画中のTVドラマの話。メインストーリーは、いつも7-ELEVENで同じもの(ローファットミルクとおにぎり)を32元で買う黄品源と、それにいつもレジで応対する女の子の淡いふれあいである。『アイアン・プッシーの大冒険』でも主役が7-ELEVENの店員をしていたが、コンビニはあそこだけじゃないぞ。台湾なら全家(ファミマ)でもなくOK(サークルK)でもなくやはり国産の莱爾富(ハイライフ)でいっていただきたい。京都の芸妓・菊柳さんのドキュメンタリーを編集する黄品源の愛機はPowerMac G4だ。ビデオ編集も面白そうだなあ。iMacじゃ無理かなあ?(←無理ということにしたい。)
#97「ジュディのラッキー・ジャケット」陳耀圻/1972/台湾/Nov. 3/渋谷ジョイシネマ(TIFF)
開映直後にフィルムが切れるトラブル発生。ニュープリントじゃなかったかな? 気を取り直して最初から上映。おかげで、おしゃれなタイトルが2度観られたし、ツアコン養成学校の卒業式で翁倩玉を中心に生徒が唄う、楽しい観光誘致の歌が2度聴けた。中身は、世話になったおじさんに譲った、おじいちゃんの形見の上着の襟に宝物が隠されていることがわかり、その上着を取り返そうと、同じ上着を着ている人を翁倩玉が片っ端から捕まえては襟を引きちぎる犯罪映画である。これで戒厳令下の警察が動かないのはおかしいんじゃないか?(少しおおげさか) 『愛の大地』もそうだったが、翁倩玉の声が吹き替えなのは、やはり残念である。唄のときだけ、彼女独特の艶のある声が聞ける。舞台は高雄と台北。当時の西門町ロータリーなどが見られるという点でも貴重なフィルムである。
#96「愛の大地」劉家昌/1973/台湾/Nov. 3/渋谷ジョイシネマ(TIFF)
今回の“アジアの風”目玉企画のひとつ、ジュディ・オング(翁倩玉)の台湾での映画出演作。師範学校を卒業する翁倩玉が、自分が大腸癌で余命1年であることを知る。悩んだ彼女は“カモメのジョナサン”に憧れて(?)、僻地の孤児院へ周囲の反対を押し切って就職。最初は暗く冷たかった院長の山茶花究や中北千枝子を年長とする子供たちが徐々に彼女に慣れていく。院全体が明るくなったその矢先、彼女は死んでしまう。よくありそうな話である。半分ミュージカル仕立てなので突然唄い出したりして楽しい。僻地に行くのにかかとの高いロングブーツを履く甘さも微笑ましい。大腸癌って相当痛そうだけども、そんな素振りは死ぬ直前までなかったぞ。
#95「怒れるドラゴン/不死身の四天王」王羽/1973/香港/Nov. 2/新宿ミラノ座(ファンタ)
上映前に健在の王羽を招いてのイベントがあった。いまは台湾に住んでいるんだそうだ。その後、またまた派手なパフォーマンスと『KILL ZERO』なる『KILL BILL』をパロったらしい、ショウ・ブラザースのクレジットで始まるショート・ビデオの上映。開映は遅れるばかりである。やっと始まった本編は、もちろん本物のショウ・ブラザースのクレジット。中身は、なんだ、ギロチンとは関係ないじゃないか。ヒーローが複数出てくる作品は、ヒーロー間の活躍のバランスを取るのに苦心して、全体としてダイナミズムに欠けるものだが、これもご他聞にもれず。そんななか、敵役のチンという日本人の珍妙さになごんだ。戦う前に“武”と書かれた扇子を必ず引き裂くおちゃめな奴である。相手をやっつけた後、まったく同じ“武”扇子をドラえもんのように懐から何本でも出せるのだ。鶏小屋の決闘シーンでは何羽の鶏が死んだことやら。こりゃ、アメリカでは上映できないな。夕飯に近くのひげちょうで魯肉飯を食べようと思っていたのに、知らないうちにフーゾクに変わっていてショック。
#94「片腕カンフー対空とぶギロチン」王羽/1976/香港/Nov. 2/新宿ミラノ座(ファンタ)
渋谷をしばし離れて、新宿は歌舞伎町へ潜入。今年からファンタスティック映画祭の舞台はミラノ座。のっけから映画秘宝の派手なパフォーマンス。場所が移り小松沢氏がいなくなってもファンタらしさは変わらないようだ。出向いたのは“ギロチン祭”と称した王羽特集。その一本目は、空とぶギロチンを操る盲目の坊さんが弟子の仇である片腕の王羽を探す話。まずは、世界中から腕自慢を集めて開催される異種格闘技大会が延々とつづく。レフェリーは『龍門客棧』で上官霊鳳の兄役だった薜漢。勝負がつくと“勝”と書かれた扇子を広げるおちゃめな奴である。それはともかく、おいおいこのまま終わるんじゃないだろな。と思っていたら坊さんが出てきて、たまたま片腕だった選手を王羽と間違えて、例のギロチンで殺す。ここからが王羽と坊さんの死闘である。まったく『スウォーズマン』なみの荒唐無稽さ。香港映画はこうでなくちゃね。映画秘宝によれば、坊さんの登場シーンで流れる音楽が『KILL BILL』でも使われているとのこと。チェックだ。
#93「世界でいちばん私をかわいがってくれたあの人が去った」馬曉穎/2002/中国/Nov. 2/シアターコクーン(TIFF)
世の中には泣くためにわざわざ映画を観に行く人がいるらしい。本作でも、廻りの席にちらほらと。僕はというと、映画の登場人物に感情移入を意識的にしなくなって久しい。感情移入と感動とは無関係なので別段問題もない。泣いて“感動した”というのは、泣けた自分に酔っているだけなのである。(反論お待ちしてます。) さて、本作は前評判がよさそうだったのでお手並み拝見と思っていたら、やたらとドラマティックな、映画文法(?)なるものを駆使した演出で疲れた。小津は“映画に文法などない”と言ったが。とはいえ、おばあちゃんと斯琴高娃(娘役)の演技は極めて自然に見えて好印象。シナリオがいいんだろな。語られる話は現実そのもの。高齢化社会は現代中国にも着実に訪れているらしい。
#92「アイアン・プッシーの大冒険」アピチャートポン・ウィーラセータクン,マイケル・シャオワナーサイ/2003/タイ/Nov. 1/シアターコクーン(TIFF)
これはビデオであって映画ではないと思う。一種の変身ヒーローものだが、そのヒーローの変身後の姿がアイアン・プッシーというおかまというキワモノ。国家組織から犯罪捜査を依頼され、大金持ちの家にメイドとして潜入する。いつのまにか彼は、大金持ちの夫人が仕方なく捨てた女の子ということになったり、本人もそれで納得したり、一体どうなっているのだか。タクシン首相のそっくりさん(?)とかも出てきて、ふざけまくりである。釈迦如来は怒っているぞ。仏法の世界でまじめに生きなさい。上映後、主演もしていたシャオワナーサイ監督が会場にいることがわかり、拍手喝采を受けていた。まあ、おもしろきゃいいか。
#91「不見」李康生/2003/台湾/Nov. 1/シアターコクーン(TIFF)
直前にかかった蔡明亮の『さらば、龍門客棧』(原題『不散』)とセットのはずだった、シャオカン初監督作。釜山映画祭でNew Currents Awardを取ったとのことでおめでたいのだが。さて、彼のオリジナリティは? 蔡組で育ち、スタッフも同じなら出演者も蔡組。雰囲気が似ないわけがない。トイレも出てくるし。今後経験を積んで独自の世界を拓いて欲しいものである。公園でおばあちゃんが孫を探すシーンは、遠方に据えたキャメラをパンしながら延々と回したもの。多少のサクラは入っていると思われるが、どうやら隠し撮りの様子。これはなかなか面白かった。ティーチインでは、プロデューサーの蔡明亮が本映画祭コンペへの本作出品を拒否されたことにお怒り。第1条(2)の“他の国際映画祭で競っていない35mm作品であること”という条件にひっかかったのかと思ったが、商業主義を糾弾しているところからすると原因は別にあったようである。まあまあ監督、怒ると禿げるよ。
#90「さらば、龍門客棧」蔡明亮/2003/台湾/Nov. 1/シアターコクーン(TIFF)★★
本年度東京国際映画祭アジアの風部門オープニング。あいかわらずの雨。もちろん映画内の話である。ミニマルにしか動かないキャメラに極端に少ないカット数。しかも台詞が3つしかない。当然、登場人物は孤独な者ばかり。完璧な蔡明亮的世界が、東京でいえば今はなき渋谷パンテオンのような古びた大型映画館・福和大戯院の最後の営業日に展開する。かかる映画は『龍門客棧』。胡金銓の大傑作である。ティーチインで監督自身が言及していたが、このスクリーン内の大活劇とスクリーンの前の静寂さの対比がシャープ。対比といえばスクリーン裏の陳湘[王其]とスクリーン中の上官霊鳳とのカットバックも憎い。さらに、まばらな客席に石雋と苗天の姿が…。もう涙ものの演出である。この遅れてやってきた蔡明亮版映画100年記念作品、アメリカの映画バカ(褒めてます)・タランティーノの新作と是非比較したい。
#89「あした晴れるか」中平康/1960/日活/Oct. 19/ユーロスペース1★★
これだけ観てくると、おなじみのオープニングの“NK”マークが中平康のイニシャルに思えてくる。さて本作は、劇場では初見のいづみさま最高傑作。常に伊達眼鏡とスラックス姿、気が強くて大酒飲みのキャリアウーマン。主演の裕次郎がかすむほどの存在感で、コメディエンヌの才能をまざまざと見せつける。色々な顔をするのが楽しい。色々なしぐさが見逃せない。こんなことを書いていると、僕がいづみさましか観ていないように思われると困るので、別の話題を。中原早苗はどうして色黒なんだろう? オトウサンは東野英治郎だし。サーファーか? 草薙幸二郎って、杉浦直樹と田中春男を足して2で割ったみたいな惚けた奴だな。大学教授・信欣三のお義父さんはやっぱり笠智衆かなあ。
#88「ほえる犬は噛まない」ポン・ジュノ/2000/韓国/Oct. 19/ユーロスペース2
マンションで飼うことを禁止されている犬を“101匹わんちゃん大行進”みたく片っ端からさらっていく話を期待していたら、3匹だけだった。手ぬるいな。最近、劇場でケータイの電源を切らない人が多いようだ。あんなのも上映前に検査して、片っ端から取り上げて捨ててしまえばいいのだ。隣のあんた、ポップコーン食べたいならワーナーマイカルに行きなさい。鬼嫁にいじめられっぱなしの主役の男はプー太郎に見えたが、いきなり教授になれるものなのか、韓国って。ひとつひとつのシーンはなかなかよいのに、全体として何がいいたいんだかよくわからない映画だったな。BGMにジャズが使われているのもクールだったので、いささか残念である。
#87「シーディンの夏」鄭有傑/2001/台湾/Oct. 17/ユーロスペース1
去年の東京国際で観た作品。石碇にこないだ行ってきたのでその記憶だめしである。わかるところもあれば見たことのない場所もある。特に東街にある小志のお店。前を必ず通っているはずだが、どうも見た記憶がない。シャッターが閉まっていたのかな? 本作は最後の美しい天灯節シーンを観ずして“観た”とはいえないが、その前のエンドクレジットが始まった途端少なくとも3人が席を立った。それじゃ何のためにいままで座ってたんだかわからないじゃないか。まあ帰りを急ぐ気持ちはわからなくもない。帰宅したら午前様寸前。レイトショウはつらいよ。
#86「あいつと私」中平康/1961/日活/Oct. 17/ユーロスペース2
劇場では初見。芦川いづみさんの部屋の人気投票、堂々(?)トップ作品。この頃が確かに彼女の全盛である。なで肩にショートカットヘアがあんなに似合う女優はいない。チラシではニュープリントということだったが(これが観る気になった最大の理由)、プリントの状態はかなり悪かった。上映4度目としても納得いかない。劇場からの断りもないし。ブルジョアのK大生の群像劇はむかつくエピソードの連続。貧乏人に対してかなり差別的である。何が田園調布だ。農家の次男坊の何が悪いというのだ。そんなわけで、映画としての評価はかなり低いぞ。いづみさまの眼がショットによってはえらく充血していたり、あの中原早苗が中盤で元気がなくなるのも妙に気になる作品である。
#85「危いことなら銭になる」中平康/1962/日活/Oct. 15/ユーロスペース2
柔道二段、合気道三段、フランス行きをめざす金の亡者でくるくるパーマの浅丘ルリ子がキュートな犯罪コメディ。変な顔したり、路上で柔道五段の男と喧嘩したり。彼女の代表作に推薦しよう。主役は他に宍戸錠、長門裕之、草薙幸二郎。脇に平田大三郎、郷エイ治、藤村有弘と豪華な面子。贋札作り名人・左卜全の争奪戦を軸に進むストーリーのオチは見え見えなものの、相変わらずスピーディな展開で大変楽しめた。左卜全の奥さん(婆さん)が、平田大三郎の持っている拳銃をひと目見て“あ、トカレフ”と嬉しそうに叫ぶのが印象的である。中平康ってガンマニアなんだろうか? ほかにもマグナムとかなんとかたくさん出てきた。
#84「たまゆらの女」孫周/2002/中国/Oct. 5/シネスイッチ銀座
きれいなおかあさん』の孫周、何を思ったかかなり挑戦的な映画である。前作の印象から今回の鑑賞を選んだ観客にはかなりがっかりさせたに違いない。鞏俐の二役には必然性が感じられないし、手持ちキャメラ、スローモーションの多用はいたずらに画面を不安定にしている。鞏俐演じる絵付師が図書館に勤める詩人・梁家輝と超遠距離恋愛をする話。ワイルドな男が登場して、インテリよりもそちらに女が惹かれる展開は紋切りであるが、男に会うというより列車に乗ることが目的になっていくのは風変わりである。鞏俐は時代物や庶民をやると輝くが、こういう現代の若い女をやらせるとどこがいいのかさっぱりわからないな。
#83「その壁を砕け」中平康/1959/日活/Oct. 5/ユーロスペース1
入りが芳しくないからか、スクリーンが変わっていた。大きな画面で観たいのに。これはいわゆる冤罪もの。小高雄二が犯人扱いされる青年で、その恋人がいづみさまである(いづみさま#45)。監督が彼女を可愛く撮ろうとしているのが珍しい。バストショットで、一瞬間をおいてニコッとか笑わせるのだ。食堂で働いていたのになぜ急に看護婦さんになれたりするのかなど、謎はつきないが、疑惑が晴れるまでスピーディな展開で大変面白かった。警察がよく描いてあって、警察庁推薦がもらえそうである。僕の推理では、絶対に木浦《若旦那》佑三が黒幕だと思っていたのに間違いだった。名探偵への道は遠い。
#82「バンコックの夜」千葉泰樹/1966/東宝=台湾=香港/Sep. 28/国際交流基金フォーラム
リケッチャを追う二人。二本柳寛は秋田に下り、原節子をゲットした。加山雄三はバンコクに飛び、張美瑤を逃した。パンナムじゃなく、リゾッチャにしておけばよかったのだ、若大将。張美瑤はどこかで観たと思ったら『香港の白い薔薇』(福田純/1965/東宝=台湾)のヒロインだな。尤敏とはまた違った魅力で、Fairlady 2000を睡眠薬飲んでぶっ飛ばすお嬢様だ。意外にも台北ロケが充実。三線道路や圓山大飯店旧館や植物園やニニ八紀念公園や。張美瑤のおじいさんを演じる役者は日本語が喋れないところをみると外省人らしい。鬼吉と三五郎さんがバンコクの病院にいた。お尋ね者は辛いよ。
#81「波涛を越える渡り鳥」斎藤武市/1961/日活/Sep. 28/国際交流基金フォーラム
渡り鳥シリーズ中、本作の評価が一般に低いようなので僕が応援する。渡り鳥なんだから、海を渡るのが当然だ。これだけでも本作が渡り鳥シリーズとして、いかに正統かが分かろうというもの。藤村有弘のへんてこな言葉はさておき、旭の喋るタイ語。立派じゃないですか。スタアの鑑。また、旭と錠が血がつながっているなんて奇想天外な設定も素敵だね。ほんとに後ろ姿がそっくりなのか、白木マリに問いたい。それに、小園蓉子が二人の母親。ふみやも出ている豪華出演陣も魅力だ。どうです、納得でしょ。“ブンガワン・ソロ”にはタイ人の罵倒が聞こえてきそうだが、罵倒も越える渡り鳥だ。祭と青木富夫が出てこないのが本作の数少ない汚点である。
#80「山田長政王者の剣」加戸敏/1959/大映=タイ/Sep. 28/国際交流基金フォーラム
僕の記憶では、山田長政からは“南方”と“日本人町”というキーワードしか浮かんでこなかった。かなり誇張されているのだろうが、なるほど、こういう人だったのか。演じるのは長谷川一夫。彼には前科があるので、いつナリーニ姫にビンタを食らわすのかと見ていたが、何も起こらず。赤ちゃんを平気で残して、二人で心中してしまう仲の良さであった。若尾ちゃんをふってまで結婚する相手には見えなかったのに、グラマーが好きなのか? 映画全体の話をすれば、例によって日本人をよく描きすぎていて、疲れるばかりだった。雷蔵は孫悟空みたいな頭だったし。田崎《鬼吉》潤はなかなかかっこよかったけどね。
#79「砂の上の植物群」中平康/1964/日活/Sep. 27/ユーロスペース2
この回は(僕にとっては初めて)混んでいた。そんなに話題作なのか。濃い。しつこい。繰り返されるクローズアップに台詞。いつもいやらしい高橋昌也。床屋なのに、刺青彫りそうな信欣三。変な眼鏡かけた痴漢の小池朝雄。まともな人間はひとりもいない。この偏執さにハマる現代人が多いということかな。話はむちゃくちゃにみえるけれども、しっかりサスペンスの要素もある練られた脚本である。仲谷昇(主役)の奥さんが島崎雪子とは気がつかなかった。『めし』から13年でこんなにくたびれるものか。本作で引退したらしい。
#78「泥だらけの純情」中平康/1963/日活/Sep. 27/ユーロスペース2
裸足の青春』の元ネタである。浜田光夫と吉永小百合という一時期の日活映画を支えたコンビの代表作。ラストの雪中シーンが有名だが、この映画で最もかっこいいのが浜田の兄貴分を演じる小池朝雄であることは誰も文句ないだろう。クールだ。きっと彼の映画人生の中でも一二を争う役柄だろう。『野球狂の詩』(加藤彰/1977/日活)や『憎いあンちくしょう』(蔵原惟繕/1962/日活)でのトホホさ加減と比較してみればよい。この映画でもうひとつクールなもの。浜田光夫が靴代を調達するため、学生に靴修理の押売りをする。学生のまだ壊れていない革靴の底を剥がして代わりに貼るスルメがそれだ。クールというよりシュールか?
#77「学生野郎と娘たち」中平康/1960/日活/Sep. 27/ユーロスペース2
いづみさま#54。中平康の好きな女優は中原早苗と芦川いづみだ。僕のお気に入りでもあるのは周知の通り(?)。中原早苗はいつでも、本作でも元気いっぱい。台風みたいなエネルギーをもつ熱帯性高気圧である。いづみさまは温帯性高気圧。多少雲が出る日もある。いつも好きなようにやらせている中原早苗に対し、監督にしばしばいじめられるいづみさま。代表作のひとつ『あいつと私』(1961)ではびしょぬれにされているし『結婚相談』(1965)でも沢村貞子に食い物にされている。本作では苦学生で、バイト先のどら息子にレイプされ、コールガールになり、あげくの果てにどら息子を殺して自殺する悲惨な役である。セクハラで訴えるぞ。映画は面白かったな。
#76「猟人」楊樹希(中平康)/1968/香港/Sep. 23/ユーロスペース2
今度は『猟人日記』(1964)の香港版。主演は『狂恋詩』で“裕次郎”役の金漢。こいつが超プレイボーイで、関係した女性が次々と殺されていく。『…日記』を観ていないためも多少あるかもしれないが、どうも見どころがない。『狂恋詩』のと同じボーリング場や家が出てくるのにほくそ笑んだりする程度。東京に留学しているフィアンセの部屋が日本人監督とは思えないエキゾチック・ジャパンな内装で、開いた口がふさがらなかった。それでもオープニングは相変わらずかっこよかったな。三級片かと勘違いするような絵だったけれども。
#75「狂恋詩」楊樹希(中平康)/1968/香港/Sep. 23/ユーロスペース2
中平康が香港に下放されて『狂った果実』を撮り直した。ショウ・ブラザース作品。舞台は香港島の南側、レパルス・ベイ〜スタンレーに移されてはいるが、どうみても同じシナリオである。水泳帽をかぶって重量上げするのも同じだし、海に江ノ島まで浮かんでいるのだ。と思ったら、海のシーンはほんとに日本で撮ったらしい。オープニングがスピーディかつ洒落ているのがさすが。中心となる兄弟はトホホ野郎で、これなら本家の方がましだ。せっかくのレトロスペクティヴなのに、空席が目立つのが気になる。いづみさまが出てないからかな。
#74「狂った果実」中平康/1956/日活/Sep. 23/ユーロスペース2
湘南映画の決定版でしょう。鎌倉・逗子・葉山の映像満載。おぉ、由比ヶ浜銀座。裕次郎&津川雅彦の兄弟ってのはちょいと魅力に乏しいけど、北原三枝の謎めいた魅力が全開です。中平康の監督(公開)第一作(助監は蔵原)。細かいことにこだわらない大胆なカッティングと、悲惨な出口へと若者が追いつめられるストーリー、そしてスピード感がヌーヴェル・ヴァーグの父とかいわれるゆえんか。ヨットで西へ向かい大磯まで行っているはずなのに、相変わらず西に江ノ島が見えたりする。これもご愛嬌。しかし、こんなブルジョアな話、プロレタリアートには受け入れられませんね。原作者出てこい。(特別出演してニヤニヤ笑ってます。)
#73「10話」アッバス・キアロスタミ/2002/仏=イラン/Aug. 30/ユーロスペース2
ダッシュボードに固定された2台のビデオカメラが、同乗する2人をじっと見捉える。これだけ。これで2時間近くひっぱるというのは大変なこと。さすがリュウセキナガレイシのキアロスタミ監督である。観た人なら誰でもジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』と比較したくなるだろう。あちらのコメディもいいが、こちらの淡々とした雰囲気には及ばない。離婚で別れた息子との切ない会話がすばらしい。本当に演技なのかな。演技じゃないとすれば、すばらしいのはそんな巷のできごとをフィルムに残せる監督の手腕だな。この題材の前提となるのは、見知らぬ人をひょいひょい乗せるカルチャーだと思うが、これはイラン共通のものなのだろうか。それとも女性同士ならでは? 
#72「アマゾン無宿 世紀の大魔王」小沢茂弘/1961/ニュー東映/Aug. 30/中野武蔵野ホール★
仁侠映画をソツなくこなす小沢茂弘。こんな大バカ映画も撮れるとは。ひさしぶりに映画で腹から笑ったぞ。主演は大物、片岡千恵蔵、進藤英太郎、月形龍之介。若手から江原真二郎、久保菜穂子、三田佳子、佐久間良子、梅宮辰夫。例によっての悪役陣は、小沢栄太郎、山本麟一、三島雅夫。“アマゾンの源次”千恵蔵が、賭博市場として世界のボス達から狙われる東京を守る。慎太郎もやっつけてくれ、源さん。それにしてもアマゾンという割には、格好はメキシカンだし、喋っているのもスペイン語だし、むちゃくちゃ。進藤英太郎の怪演も千恵蔵なみに見逃せない。おフランス生まれの江原は予想通り(?)インターポール。普通の観客なら千恵蔵が警視庁の秘密兵器と予想するだろうが、僕の目はごまかせないぞ。最近の映画には出てこないけど、インターポールっていまでもあるんだな。頑張れインターポール。“世界の警察”は君たちだ。
#71「銀座の砂漠」阿部豊/1958/日活/Aug. 23/ラピュタ阿佐ヶ谷
ラピュタのちらしフル引用:“銀座のキャバレーの地下に造られた不思議な場所。それは麻薬中毒患者のうごめく人工砂漠。そこを背景に、欲にからんだ人間たちを描いた柴田連<ママ>三郎の小説の映画化、<ママ>次々に起こる怪事件。いったいボスは誰なのか?”(引用おわり) 麻薬中毒患者はどこですか? 怪事件って何ですか? ボスっていわれても…。唯一合ってるのは、地下の人工砂漠か。しかし、砂漠なんだから乾いた灼熱地獄だと思うが、なんだか煙がもくもく出ててサウナみたいだし、煙もどう見てもドライアイスなので砂の上あたりを覆うばかり。とほほ。これはラピュタの責任は0%だけど。きっと原作は面白いんでしょう。こんなでも、いづみさま出演作品#38。喫茶店でコーヒーを淹れるバリスタだ。長門裕之なんかと付き合うんじゃありません。
#70「HERO」張藝謀/2002/中国/Aug. 23/丸の内ルーブル
秦の始皇帝と、彼の刺客を殺したとされる無名と呼ばれる男のかけひき。あの張藝謀が前代未聞の製作費かけて、アクション指導に程小東、撮影は杜可風、主演には李連杰、梁朝偉、張曼玉、章子怡、おっと甄子丹も忘れずに、とむちゃくちゃ豪華。日本公開前から賛否両論だったこの作品には、自ずと興味津々。僕は落胆はしませんでしたが、画面がクールすぎる。皇帝が偉すぎる。(この観点は中国人には一般的なものなのだろうか?日本人の明治天皇に対するが如く) 元々李連杰(無名)の語りで話が進むので、人物の関係が間接的にしか伝わってこない。そんなわけで、同じ張作品なら『キープ・クール』の方がベター。多くの人が比較するであろう王家衛の『楽園の瑕』と比べれば、『瑕』の方が数段好き。
#69「青い乳房」鈴木清順/1958/日活/Aug. 9/ラピュタ阿佐ヶ谷
夏だ、サンバだ、高橋とよだ。彼女が取り上げた自分の赤ん坊を見て、不良がコロッと改心してしまうという、まだまだ青い頃の鈴木清順。鈴木清順って小津よりも作品数が少ない割には、観ても観ても、未見の作品があるなあ。主演は小林旭。兄貴分の小高雄二の入れ知恵で、継母の渡辺美佐子に金をせびったりする不良高校生である。ただし、冒頭に書いた“不良”というのは小高の方。もっと不良なのは、小高の腹違いの兄・二谷英明である。二谷はTVドラマ『特捜最前線』などの印象から“いい人”のイメージをもつ人が多いのではないかと思われる。実はとても悪い奴なのでみなさん気をつけましょう。ロケが多いが、その中心となるのが池袋というのが珍しい。やたらと西武デパートが出てくるので、お金をもらっていたんだろうな。
#68「沙羅の花の峠」山村聰/1955/日活/Aug. 9/ラピュタ阿佐ヶ谷
いづみさま出演作品#8。主演・南田洋子の友達の妹役で、セーラー服にもんぺ姿の子供である。とび跳ねたり叫んだり、他の作品では見られない演技が貴重なのに、残念ながら脇役でなんら活躍する場面がない。作品は回想形式。回想の中身はなかなか面白いのだが、その外側(現在)がつまらない。かといって、回想だけでは映画のできとしていまひとつ。要は脚本の問題だ。助監督に中平康が付いていてもしかたなかったろう。山村聰は、この後三作監督しているが、脚本はこの作品限りであきらめたようだ。でも、脚本がつまらなくても、芦川いづみのファンでなくっても、頬のない宍戸錠に動じなくても、誰もが刮目せざるを得ない大変なシーンが本作品にはある。それは、『東京物語』の大女優・東山千栄子の上半身ヌード。(おぉっ。←劇場内のどよめき) 山村聰の家にはるばる尾道から訪ねても冷たくされたので、不良になったのかも。
#67「藍色夏恋」易智言/2002/台湾=仏/Jul. 29/シャンテ・シネ2★
平日とはいえ、おそれていた通りガラガラだ。淋しい。『マトリックス』が何だ、『ターミネーター』が何だ、『踊る大捜査線』が…、は、まあいいとしてだ。みんな、いい映画観ましょうよ。2回以上観ると、映画の細部がよくわかる。昔の映画は、一度観たら二度と観られなかったわけで、駄作と名作の差はそんなに大きくなかったはず。現在は違う。同じ作品が繰り返し観られ、観れば観るほど両者の差が歴然と開いていくのだ。本作も、噛めば噛むほど味が出る。大人からみればたわいなく、いつか忘れてしまう青春の微細な心の動きが、ふと懐かしく思い出される珠玉の映画である。そういう意味で大人向きの作品だ。現在の日本の中高生とはかなり違う世界という気もするしね。
初回鑑賞記録
#66「大日本帝国」舛田利雄/1982/東映/Jul. 29/中野武蔵野ホール
右翼音楽家・黛敏郎曰く“これはよくできた左翼映画だ”。左翼映画監督・山本薩夫曰く“これはよくできた右翼映画だ”。どっちなんだ? こりゃ自分の目で確認するしかないでしょう。…うーん、これは確かに反戦映画だ。天皇の戦争責任に多少なりとも触れているところも評価できよう。でも、戦争が一貫して日本の視点で描写されており、“よくできている”とはとても思えない。『大日本帝国』という割には内容は太平洋戦争オンリーであるし。夏目雅子が篠田三郎相手の一人二役で出演。ただし、女性の主演格は関根恵子。サービスなんだか何なんだか、やたらと胸を出したりする困ったちゃんである。東条英機役には丹波哲郎。途中から自分自身の世界=大霊界に入ってしまい、相変わらずの暴走ぶりであった。南洋は“中華民国”ロケらしい。
#65「沃土萬里」倉田文人/1940/日活/Jul. 28/ラピュタ阿佐ヶ谷
製作年からして明らかだが、これは芦川いづみ出演作品にあらず。偽満洲國への移民政策を進めようとする大日本帝国の国策映画である。(近ごろ、国策映画コレクターになってきた。) 入植してまもない信州出身の移民団が米を作れるようになるまでを描く。団長は江川宇禮雄。その妹に風見章子。表面上国策国策しておらず、これが国内の新開地であれば心の中で応援さえしたかもしれない。しかし、ここは他国。それまでに住んでいた住民を追い出して勝手に入り込み、抵抗するものは匪賊として殺していた事実を踏まえれば、まさしくコクサク映画なのである。彼らは5年後の敗戦時には、まっさきに軍に見放され、国に見放される運命だ。だいたい国内生産では人民が喰っていけないからと、余った人民を騙して他国に追い出すというのはあんまりだ。バカを見るのはいつでも庶民なのである。
#64「ゆがんだ月」松尾昭典/1959/日活/Jul. 28/ラピュタ阿佐ヶ谷
『金門島にかける橋』の松尾昭典による、ハードなやくざもの。主演が長門裕之というのがしょぼいのだが、なかなか見どころがあった。芦川いづみは、長門に思いを寄せられる、組(組長は三島雅夫)の謀略で殺される男の妹役。下町の長屋に住み、病身の母親を面倒みながらトクホンの工場に勤める女工さんだ。あいかわらず“お母様”などとお嬢様言葉が堂に入っている。ほかの喋り方、できないんだろうな。謀略を暴いたために組から追われる身となった長門を殺しに来るのは、『踊る大捜査線2』で警視総監をやっていた神山繁。当時の杉浦直樹と同じような印象で、45口径を使うだの、ダムダム弾だの、殺し方に妙にこだわるのがおかしかった。
#63「東京の人 <前後篇>」西河克己/1956/日活/Jul. 28/ラピュタ阿佐ヶ谷
本日、芦川いづみデー、その2。川端康成作品を西河克己が映画化。といっても『伊豆の踊子』ではない。東京に住むブルジョア家庭を軸に4人の女性の生き方を綴る形式のもので、メインは“よろめき夫人”の月丘夢路。脇に新珠三千代、左幸子、そして芦川いづみ。いづみさまは月丘夢路の義理の娘役。あいかわらず“お父様”などとお嬢様言葉が堂に入っている。『地下鉄のザジ』を思わせる、国鉄が線路上を進み東京駅に入っていく導入に始まり、登場人物たちが山の手、銀座、上野、日暮里、浅草といった東京を動き回り、水上バスで隅田川を上って映画は終わる。強い生活力を持ちながらも男には弱い女を月丘夢路が好演。映画はいまいちだけど。左幸子のダンナに金子信雄。まだ髪がフサフサだ。
#62「テープ」リチャード・リンクレーター/2001/米/Jul. 19/恵比寿ガーデンシネマ2
お気に入り映画のひとつ『恋人までの距離<ディスタンス>』のこの監督、ずいぶん、ごぶさたっ、ごぶさたっ♪ これはビデオ作品で、クレジットにFinal Cut Proを使って編集と出ていた。おお、親愛なるマックユーザよ。イーサン・ホークとユマ・サーマン夫妻+ひとり(こいつは知らない俳優)だけが出演する密室劇。『距離』同様、登場人物が大変饒舌で、会話だけで物語が進行する。フラッシュバックもない。これが面白い。映画監督と検事補を相手に、芝居をしくみ過去の罪を暴こうとする消防士兼ヤク売人という構図と、その目論見が崩壊していく過程と。どんどん公開して欲しい、この人の作品は。『距離』のDVD出ないかな。
#61「踊る大捜査線 THE MOVIE2/レインポーブリッジを封鎖せよ!」本広克行/2003/東宝/Jul. 19/渋東シネタワー1
前作から5年。恩田すみれ巡査部長がスクリーンに帰ってくるというので、初日初回の朝8:00の回を観に行った。日比谷に行けば舞台挨拶があったけれど混雑はいやだし、『(ハル)』のときみたいに距離1mじゃないもんね。映画自体はスケールが少々大きいだけでTVドラマと変わらないのでどうでもいいのだが、ふかっちゃんが××するという事件まで起こる大活躍。次作『阿修羅のごとく』も待ち遠しい。さて、湾岸署の建物といえば潮見の内田洋行ビル。あそこがお台場か?と昔から秘かに突っ込みを入れていたが、こうやってずっとビルを提供している内田洋行は偉い。前作ではPowerBookが登場していたが、今回は協賛に東芝が入っていたため、出てくるノートPCはすべてdynabook。あんなに大量、撮影に使ったあとバーゲンセールでもしたかな?
#60「陽のあたる坂道」田坂具隆/1958/日活/Jul. 14/新文芸坐
今回の文芸坐の特集は2本立てで、その組み合わせ方が絶妙である。題名が似ていたり、内容が似ていたり、何かしらの接点がある。本作は『乳母車』と設定が似ている。共に石坂洋次郎原作。今月スカパーでやるのだけど、録画しても3時間超のプログラムを自宅でじっと観るのはなかなかむずかしい。というわけで、平日に劇場に出向いたわけだ。場内はおばさんで一杯。そんなにいいか裕次郎? 兄貴は極右だぞ。それともまさか、ちんぴら役の小沢昭一を観に来たわけではあるまい。さて、いづみさまは、北原三枝が出ているため裕次郎の妹。こちらの方が『乳母車』よりもいいね。相手役に川地民夫。新進のジャズシンガーという設定で、変な唄が聴ける。
#59「乳母車」田坂具隆/1956/日活/Jul. 14/新文芸坐
本日、芦川いづみデー。本当は石原裕次郎特集なのだけど。スカパーで観ているのだが、やはり大画面がいいもんね。1956年といえば『洲崎パラダイス』と同じ年、つまりたまちゃんだ。テレビでは気がつかなかったが、顔にぶつぶつが結構あってまだ初々しい。この頃の日活作品では、登場人物たちが会話をマシンガンのように進め、その内容が賢すぎるのに閉口することがある。人間ってそんなに完ぺきにロジカルに会話できるものだろうか? 少しは小津を見習ったらどうかな。いづみさまの自宅は鎌倉の材木座あたりにある設定で、あの頃の駅の様子やらカーニバルの模様やらが映し出されて興味深い。昔は鎌倉もネオンの輝く街だったのか。いまはただの田舎なのに。
#58「ハリウッド★ホンコン」陳果/2001/仏=香港=日本/Jul. 12/シアター・イメージフォーラム
周迅のCDをこないだ買ったら、けだるそうな唄い方でややがっかり。考えてみればあのハスキーな声でウィスパーは無理か。そんな彼女が陳果作品に出演。性欲渦巻く香港でしたたかに生きる上海娘と、彼女に翻弄される叉燒屋家族たち。誰にも感情移入できないが、誰も憎めない、そんな映画だ。三級ホラーのノリ。荷里活マンションから本物のハリウッドに行ってしまうというエピソードは、カフェ・カリフォルニアから本物のカリフォルニアに行ってしまう『恋する惑星』の王菲を連想させる。実際、本作は同作(の後半部)のパロディとしての観方ができなくもないだろう。夜、陳以文の『運転手の恋』を観に歌舞伎町に行く。前売券はきょう購入したし、劇場にも入れたのに、その後で“きのうで終わりました”。がうちょあー。返金してもらったけど納得いかないなあ。
#57「愛の歴史」山本嘉次郎/1955/東宝/Jul. 12/ラピュタ阿佐ヶ谷
虎の刺青の入った腕と蛇の刺青の入った手を継ぎ合わせたような、チグハグで下らないメロドラマである。こんなストーリーってあるもんか。原作が売れたとすれば、よほど妙な時代だったに違いない。クレジットに市川春代と天津敏の名前を見つけたとき、主演の鶴田浩二と司葉子はどうでもよくなった。市川春代は、おばさんになっても市川春代だった。ちぇ、安心安心。天津敏は、天津敏はどこだ? ギャング仲間にいるものだと思って一所懸命探したが見つからない。なんと終盤に警官役で登場。若い頃は堅気だったのか。将来、汚職でもして堕落するのかな?
#56「第五列の恐怖」山本弘之/1942/日活多摩川/Jul. 8/フィルムセンター
お父さん、防諜よ”。の山本作品、再び。轟夕起子が連合国の間諜“YZ7号”なんである。完成間近の飛行機用エンジンの情報を得るため航空機会社に潜入する。盗聴器やマイクロカメラといったスパイ七つ道具もしっかり出てきて、なかなかエンターテイメントだ。仲間に北龍二扮する中国人もいる。この頃の北龍二には惚けた味がないな。軽い気持ちで喋った機密情報が口コミで伝わっていきスパイまで到達するなんて産業界でも状況はまったく同じ。ぜひ本作を会社でも上映して防諜を啓蒙していただきたい。
#55「誓ひの港」大庭秀雄/1941/松竹大船/Jul. 8/フィルムセンター
パンダゴロが一足先に観て自慢していたのを、有給休暇でやっと観に行った。インド独立支援・イギリス非難国策映画である。小津安二郎がシンガポール滞在中、撮ろうとして結局放り投げた幻の作品も同様の趣旨の映画だったとのこと。小津が撮ればこんな怪しい作品にはならなかったろうが、ここまで笑える作品になったとも思えない。インド人に扮するは、斎藤達雄、徳大寺伸、そしてそして…、く、く、く、日守新一。斎藤達雄はまあまあ頑張ってたけれど、日守新一。あんたはいつもと同じじゃないか。ナマステくらい言ったらどうだ、日守新一。(にせ)インド人の話を聞けば聞くほどイギリスに日本がダブってくるのは自然な感情だと思う。そうでしょ、日守新一?
#54「冬の宿」豊田四郎/1938/東京発声/Jul. 6/フィルムセンター
東京発声作品とは珍しい。原節子が出ているとのこと。『河内山宗俊』が16歳だから本作では18歳。で、少々ウキウキしながら出かけたのだが…。話が暗い。暗すぎる。『人情紙風船』みたいに暗い。唯一の救いは誰も死なないことなのだが、いっそのこと死んだ方が幸せかもしれないくらい悲惨だ。主役のおじさんの豪快さが悲愴さを一層際立たせて見事。貧民窟に対するあからさまな差別観が観る者の居心地を悪くさせるが、当時は立派な禁酒教育映画だったのかもしれない。肝心の原節子はちょい役で、脳天から声を出しながら『麦秋』のときみたくタイプライターを叩いていた。
#53「ソラリス」スティーヴン・ソダーバーグ/2002/米/Jul. 1/シネ フロント
タルコフスキー版との大きな違いは、そこに神がいないことである。小さな違いは、水も火も風も空中浮遊も(タルちゃん的な意味で)出てこないことである。しかし、本作は紛れもなくリメイクだ。それを確認するためにオリジナルをDVDで観直したのだが、四夜もかかってしまった。なぜかは言及すまい。共通して描かれる、自分が人間でないことを知った“物質化した記憶”とそれを前にした人間それぞれの“良心”の苦悩は、自身の存在に対する人間の畏怖と疑念を観客の前にあらわにする。センチメンタルなところがない分、一般には本作の方が好印象かも。僕はそれでもノスタルジックなタルちゃん版の方が好きだ。有名なラストシーンのキッチュさも含めて。
#52「」清水宏,大久保忠素/1928/松竹キネマ蒲田/Jun. 29/フィルムセンター
タイトル上に“城戸四郎 指導”といきなり出る。次に“監督 大久保忠素”と出る。そしてようやく“監督 清水宏”。いったい誰がこの作品製作の主導権を握っていたのか、ここだけではよくわからない。本作も簡易保険局の保険勧誘が目的で、保険証書の登場シーンは前作に負けず劣らず白々しい。清水オヤジが撮ったのか? 観終わった後では、うん、そんな気がする。子供こそ出てこないが、この画面の軽やかさと暖かみが清水印だ。とはいうものの、大久保作品なんてひとつも観たことはないのが説得力のないところ。大久保忠素は小津安二郎の親分だが、しょうもないギャグ映画を撮っていたらしいのでまあこんな結論でもいいだろう。(いいかげん)
#51「晴れ行く空」赤穂春雄/1927/松竹キネマ蒲田/Jun. 29/フィルムセンター
赤穂春雄とは撮影所長・城戸四郎のことらしい。へえ、監督もしていたのか。本作は簡易保険局の宣伝映画で、簡易保険と郵便年金の素晴らしさを謳うもの。美人でもない♪主人公の後妻が家出して、蒲田映画のスタアになってしまうところが笑いどころだ。が、全体としてはまったく面白くない。でも、でもである。冒頭の、焼ける前の東京駅や丸ビルの映像は貴重だ。発見されて、あーよかった、よかった。紀子さんパン食べない、あんぱん? 見間違いかもしれないが、笠智衆が出ていた気がする。(JMDBには登録されてないですね。)
#50「御誂治郎吉格子」伊藤大輔/1931/日活京都/Jun. 29/フィルムセンター
“吉格子”って何だろう?と思っていたら“治郎吉”で、しかも誰でも知っている“鼠小僧次郎吉”のことだった。次郎吉演じるは大河内傳次郎。自分の盗みが原因で没落した侍の娘に惚れてしまう、似合わないプレイボーイの役である。舞台が大阪というのが変わっている。そのせいで字幕が大阪弁で、これが読みにくくて困った。別に江戸の設定で江戸弁にしてもまったく支障はないと思うのだが、大阪にこだわる何かがあったのだろうか? ま、どうでもいいけど。
#49「斬人斬馬剣」伊藤大輔/1929/松竹キネマ京都/Jun. 29/フィルムセンター
今回の特集“発掘された映画たち2003”の目玉作品。さすがに満席である。『忠次旅日記』と並ぶ伊藤大輔の初期代表作とのことで期待大。残念ながらフィルムは部分的にしか残っていないので全貌は拝めなかったが、モンタージュの使い方など、(僕はおじさんではないが)“おじちゃん、また唸ったね”である。主演は当時のチャンバラ大スタア月形龍之介。サイレントだとあの渋い声が聞けず残念であった。化粧も濃くて、一見月形かどうかよくわからず、確認は彼がニヤッと笑うまで待たねばならなかったぞ。
#48「スパイ・ゾルゲ」篠田正浩/2003/スパイ・ゾルゲ製作委員会/Jun. 14/渋東シネタワー4
エンディングに“武満徹に捧ぐ”と出たとき、少々うろたえた。音楽の使い方がとてもチープでうるさいと感じていたからだ。映画の作り方も結構説明的で、篠田作品の傾向はよく知らないが、本作品に限っていえば観衆にわかりやすいよう考慮したのかな、と廻りの客層を見て思った。僕が観に行ったのはもちろんゾルゲに興味があったからだが、それ以外に昭和16年頃の街、特に建築をCGで再現していると聞いたからだ。フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルが出てきたときには興奮した。CGはこういうことに使って欲しいものだ。ところで、昔からゾルゲとドルゲは関係あるのかなあ、とぼんやり思っていたけど、どうなんだろう?
#47「満州記録映画集」*/*/*/Jun. 10/フィルムセンター
6本のショートフィルムからなる。最初の1本のみ松竹の製作による日本向け満洲国紹介映画(1933年)。残りは悪の協和会が製作した協和会総会(全國聯合協議會)開催紹介の満洲国内向け宣撫フィルム(1935〜1938年)。いずれも無声。動く本物の執政〜皇帝・溥儀やら国務総理の鄭孝胥やらが見られて貴重。舞台は新京(現長春)だが、こちらは見覚えのある建物が意外に少なくて残念。そんな中で、あの時代の関東軍司令部がどれだけ大日本帝国傀儡支配のシンボルとして映っていたか、その威容から窺われた。とまあ、いろいろ書いてはみたが、実はそんなに面白くもなかったよ。隣に座ってた、どうやら満洲に住んでいたらしいおばあさんも退屈だったようで、寝てた。ぐうぐう。
#46「県警対組織暴力」深作欣二/1975/東映/Jun. 8/三百人劇場★
表向き警察対やくざの形式をとっているが、実は警察組織内のたたき上げとキャリアの対決。そう、これは深作版『踊る大捜査線』なのだ。織田裕二=菅原文太。柳葉敏郎=梅宮辰夫。こう書くと笑える。さいわいなことにふかっちゃんに対応する女性は出てこない。舞台は倉島市という架空の地方都市のはずだが、明らかに、どう聞いても広島弁である。深作のおかげで、広島ってこんなにやくざがのさばり警察も腐っているところだったのか、という偏見が全日本を席巻したであろう1970年代。原爆をも克服した街はそんなことでは動じないのだ。さあ、きょうも元気に体操をしましょう。
#45「将軍と参謀と兵」田口哲/1942/日活/Jun. 8/中野武蔵野ホール
占領中の中国で撮った、帝国陸軍よいとこ一度はおいで主張映画。バンツマ演じる将軍はいつも穏やか、特にカリスマ性も感じられない。これといった事件も起きない。善人しか出てこない。こう書いていると、小津映画かと思ってしまう人もいそうだ。さすがに嫁入り前の娘は出てこないけれど。戦車が10台近くも出てきたり、飛行機も飛ばすし、最後の爆撃シーンで使われる火薬量なんて伊達じゃない。(絶対ありゃ死人が出ていると思う) ここまでする余裕があったのか、この頃。それとも、もしかしてやけくそ?>北支戦線。
#44「國民の誓」野村浩將/1938/国光映画/Jun. 1/フィルムセンター
新しき土』と同様、第三帝国と手を組んだ国策映画。主演は佐野周二で、これと監督を見てもわかるように、実質は大船撮影所の製作である。デパートかなんかのスキー道具売り場に勤めるアマチュアスキーヤー佐野周二がドイツの名選手に認められてオリンピックのための強化選手になって北海道に行くもので、途中母親(吉川満子)が死んでも妹(高杉早苗)が事故っても東京には帰らない。お国のためなら私情は捨てないといかんのだ。ドイツで発見されたプリントそのまま(?)なのでドイツ語会話部分に字幕がない。ので、“グリュス・ゴット”や憶えたての“あ、そう”が聞き取れたのみ。鶴岡八幡宮ロケあり。これからクライマックスか、というところで残念ながらフィルム切れ。愛国者・佐野周二は果たしてオリンピックに出られたのか?
#43「黒水仙」ペ・チャンホ/2001/韓国/Jun. 1/シブヤ・シネマ・ソサエティ
予告篇を一見して、朝鮮戦争で離れ離れになりながら生き抜いて半世紀後遂に再会する男女の苦難を描いた大河ドラマだと思っていたら、違っていた。サスペンスである。主演はアン・ソンギだと思っていたら、違っていた。イ・ジョンジェである。イ・ジョンジェといえば、駄作『ラスト・プレゼント』でイ・ヨンエさまのダンナで漫才師やってた男だ。本作では硬派な刑事役でまったく印象が違った。宮崎でのロケがある。なぜ宮崎なんだろう? 航空会社と提携でもしていたのかな? 圧巻は吊橋での追跡シーン。ありゃ恐い。かんべんしていただきたい。アン・ソンギのカツラ、あれも鶴亀鶴亀。さすがの名優も歳は誤魔化せん。
#42「ダブル・ビジョン」陳國富/2002/台湾=米/May 24/シネマスクエアとうきゅう
the EYE』に続く“視覚”系チャイニーズ・ホラー。こちらの主要舞台は、残念ながら現在最も訪問が憚られている都市・台北である。連続して起こる怪死事件が“感染”によっているところがタイムリーというか不気味。実は『Hole』の方が預言的だったが、数年早すぎた。その『Hole』の楊貴媚は検死官で特別出演。多くは書けないが、科学と宗教を絡ませたカラクリにはなかなか感心した。台湾で撮られた台湾作品なのに、なぜ全員が広東語を喋っていたのかが理解不能だ。香港公開版だったのかな? デビッド・モースの妙な北京語だけは吹き替えられていなかったようだし。
#41「恋山彦」マキノ正博/1937/日活/May 24/中野武蔵野ホール
マキノがマキノトーキーを潰して日活に戻った第一作で、もとは『風雲の巻』と『怒濤の巻』に分れていたらしいのだが、今日には合体したプリントしか残っていないようだ。その編集のためか、なぜバンツマが澤村國太郎に匿われるようになったのかをはじめとしてよくわからない点があるのだけれど全体としてはさすがに面白い。将軍や大名が勢揃いした場にたった一人で大政奉還を要求、そんなナンセンスなシチュエーションも、バンツマの豪快さと時代で許されただろう。アナーキーな澤村國太郎が尊皇寄りになっていくのも然りだ。バンツマを助けるため親友を犠牲にしてしまうのは、本来ならば疑問を感じるはずだが、その親友がバンツマの二役なので、まあ一人くらいいいか、と思ったのは僕だけだろうか?“バンツマは二度死ぬ”である。
#40「春の惑い」田壮壮/2002/中国/May 17/ル・シネマ2★
傑作『青い凧』から10年、田先生渾身の復帰作である。日中戦争で焼け残った蘇州の屋敷で、城壁で、とてつもないエネルギーを秘めながらも抑制された大人のやり取りが、ミニマムなキャストで展開する。観ていて恐ろしくなった。これを圧倒的に美しく流れるキャメラで支えるのが(こないだ指摘したように)李屏賓。西にレナート・ベルタ、東に李屏賓ありだ。ご祝儀で★★にしてもよかったのだが台詞がちょっぴり煩かったので上のとおりにした。『小城之春』(費穆/1948/中国)のリメイクだそうで、おそらく現代中国映画上映会ではかかっていると想像するけれど、是非またやっていただきたいな。張藝謀、賈樟柯、章明、そして田先生。大陸四大天王は遂に揃った。陳凱歌? 放っておきなさい。そちらの方(お隣のスクリーンで『北京ヴァイオリン』上映中)がたくさん入っていたようだけれど。
#39「ギャング対Gメン」深作欣二/1962/東映東京/Apr. 27/三百人劇場
『ギャング』ものマスターといえば石井輝男だが、深作欣二も何本か撮っていたというのは前に書いた通り。丹波哲郎が最後まで悪役という珍しい設定ながらも、このシリーズ特有の“そりゃないだろう”オンパレードの愉快作。日本版『アンタッチャブル』を狙ったそうで、なるほどアル・カポネならタンバでも納得か。なんでミルクを常時飲まないといかんのかお怒りだったかもしれないけれども。当時の評判は散々だったらしい。が、三島由紀夫が褒めたので深作の首がつながったということである。佐久間良子が鶴田浩二の内妻。何のために出ているのかさっぱりわからない。深作には女はいらねえんだ。キャバレー以外は(本作では沢《プレイガール》たまきが歌手)。曽根晴美が千葉ちゃんと比べて大層おっさんになっていたことも納得いかない。『風来坊探偵』では二人が張りあっていたのにね。
#38「ミレニアム・マンボ」侯孝賢/2001/台湾=仏/Apr. 27/シブヤ・シネマ・ソサエティ
2001年のFILMeXで観たときは映画祭疲れからか、クラブやアパートのうるさい音楽とチカチカする照明にやられて、いい印象を持てなかった。今回もその部分にはやはりうんざりしたが、全編ビッキー(舒淇)の回想として進むストーリー・テリングの微熱感と浮游感の効果は漢方薬系らしく、悪くないと思うようになった。2011年まで寝かせるとさらに懐かしい目で観ることができるだろう。喧騒と静寂、苛立ちと和み、台北と夕張は小豪と捷哥、若さと老練の対比でもある。林強の音楽が意外にアンビエントで、李屏賓の流れるようなキャメラワークとともに惹きつけられる。李屏賓といえば田荘荘先生の新作『春の惑い』が遂に公開だ。これを観るまで死ねるか。
#37「夕日と拳銃」佐伯清/1956/東映/Apr. 15/フィルムセンター
なんと破天荒な。こんな映画が独立5年後に作られたのか。いつもぼーっとしているように見える東千代之介が、本作でもそのぼーっとした表情のまま、自宅の庭でピストルをバンバン撃ったり、蝿でも叩くようにやくざを殺したり、馬賊になってかつて世話になっていたはずの張作霖軍と平気で戦ったりする。熱血漢なのか、何も考えていないのか。一応“満洲は満洲人のもの”という真当な信念は持っていたようだが(この辺が戦後の映画という感じ)、快男児というより明らかに怪男児である。スカッとする映画ではない。が、随所で笑えないこともない。終映後、なんだか疲れた。新人の高倉健が詰襟学生服、やや長髪で登場。若いぞ、健さん。南原宏治(本作では伸二でクレジット)も若い。こいつも張作霖の諜報員だったくせにさっさと敵に廻ってしまう困ったちゃんであった。変な日本語喋ってた。
#36「blue」安藤尋/2001/オメガ・コミット=スローラーナー/Apr. 12/シネ・アミューズWEST
最近“青い”映画が多くないか? 大好きな『藍色大門』もそうだし、『青い炎』もそうだ。タイトルにはないが『ラヴァーズ・キッス』のイメージも青い。青春映画花盛りである。主役の二人が対照的な魅力を放つ。冒頭だけ方言を話させておいて、あとは標準語で通す。中途半端な方言を聞かされるよりよほどいい。こんな落ち着いた画面を撮るには台北や鎌倉より新潟、日本海側だよ、やっぱり。これに大友良英の音楽が付けばヒーリング度さらに上昇。なんだか褒めすぎの気がするのでひとつ苦言を。通学で何度か登場するバスはいつも同じナンバー。不自然でしょう。ついでに素朴な疑問。最近の高校では制服に校章や名札をつけないの?
#35「the EYE」彭順,彭發/2001/香港=タイ/Apr. 5/シネクイント
僕の買う中華系CDは限られていて、そのうち実力で選ぶ筆頭が陳綺貞(チアー・チェン)、ルックスで選ぶ筆頭が李心潔(アンジェリカ・リー)である。李心潔といえば、ベルリンで新人女優賞をとった林正盛の『愛Ni愛我』が観たいところだが、まずは本作が日本公開となった。動く李心潔は、台湾でテレビCFを見て以来。随分と大人っぽくなった印象で、やはりこの人、美人である。しかし、いつの間に広東語を喋るようになったのだろう? 最近は香港に住んでいるらしい。SARSには気をつけてもらいたいものだ。映画? そんなものを観に行ったのではないし、ホラーなのでネタバレがあってもいけないので言及しない。
#34「」山本嘉次郎/1941/東宝=映画科学研究所/Apr. 5/ラピュタ阿佐ヶ谷
馬の脚役の藤原鶏太主演『旅役者』と藤原鶏太・高峰秀子共演『秀子の車掌さん』を僕の頭の中でつなぐのが、両者共演で馬を題材にした本作である。前二作が成瀬巳喜男監督なので、てっきりこいつもそうかと思っていたら、山本嘉次郎だった。冒頭に東条英機のメッセージが字幕で出て、軍部の息がかかった作品だとわかる。馬がやって来た東北の貧乏農家の生活を一年にわたり追った大作。デコちゃんの東北弁、なかなかいいよ。題名になっているだけあって、馬のシーンが人のドラマと同じくらい多い。産後子馬が立ち上がるまでの様子とか、放牧場を疾走する馬の群れとか。どこかで読んだけれど、実際には“製作主任”でクレジットされている黒澤明が撮ったらしい。なるほど放牧場シーンなどはそんな迫力である。もしかして、大雪の中デコちゃんを凍死寸前まで歩かせたのも黒澤か? 許せん。
#33「明治侠客伝 三代目襲名」加藤泰/1965/東映/Mar. 29/中野武蔵野ホール
この映画は三度目(→一度目,→二度目)。うちでは観られないので実に9年ぶりにタンバの“菊池君、エライ”を聞いたことになる。相変わらずおかしい。おかしいのはタンバだけで、あとは大まじめに素晴らしい作品である。『昭和残侠伝』みたくMTVしていない殴り込みシーンは静から動への移行がいいし、エンディングでの藤純子との悲しい再会には心が動く。こういうのを見ると健さんより鶴田浩二の方が何倍もいい役者に見えるね。加藤泰作品を観るのも同じく久しぶりなので、超ローアングルが新鮮に感じた。フレームの下半分は地中、腰から上が見えない人物。これも映画だ。
#32「秀子の車掌さん」成瀬巳喜男/1941/東宝/Mar. 29/ラピュタ阿佐ヶ谷
ラピュタの会員になった。年会費2,500円で招待券が2枚最初に付く。一般は1,200円、二人で2,400円。山猫軒が5%引きになるので、ランチをここで食べたら一日で元が取れてしまった。すばらしいシステムだ。さてこの映画を劇場で観るのは二度目(→一度目)。あいかわらずデコちゃんはかわいいのだが、今回観ていて彼女の歩き方が妙なことに気がついた。若い子がスカートはくと、あんなにのっしのっし歩いたのかな? バス会社はなくなってデコちゃんは失職してしまうだろうが、観客は彼女がうまくやっていけることを知っている。そのためにさわやかに観終わることができる映画である。成瀬巳喜男・高峰秀子コンビの原点。
#31「大江戸五人男」伊藤大輔/1951/松竹京都/Mar. 22/フィルムセンター
松竹映画三十周年記念作品。これまで何度かチャンスがあったのに観逃していたもの。さて、“五人男”の五人とは誰を指しているのか。両巨頭、阪東妻三郎と市川右太衛門はもちろんとして、あとスタアといえば、高橋《コンちゃん》貞二、月形龍之介、高田浩吉あたりだが、コンちゃんはともかく、後の二人は出番が極めて少ない。三島雅夫やら三井弘次やら小堀明男やら進藤英太郎やら大友柳太朗やら、知ってる人はたくさん出てきても彼らは主役級じゃないし、まさか澤村アキヲ(後の長門裕之)をカウントするでもあるまい。ふうむ…。まあ、題名の謎を忘れれば、高峰三枝子と山田五十鈴という顔合わせも豪華な大型娯楽作品のはずだが、なんとも後味のよくないところが伊藤大輔だ。
#30「裸女と拳銃」鈴木清太郎/1957/日活/Mar. 22/フィルムセンター
鈴木清順の、清太郎名義での最終作品で、初見。なんと白木マリが主役。浅丘ルリ子みたいな扱いではもちろんなく、犯罪の匂いのする怪しい女だ。いきなりいつものようにキャバレーで踊り出したのに、狂喜乱舞した、というのはおおげさである。悪役は菅井一郎。菅井一郎といえば『麦秋』だが、他に観る映画ではほとんど悪役のように思える。『晩春』の三島雅夫といい『東京物語』の安部徹といい、小津の配役は一味違うのだ。他には、まだ頬の膨らんでいない宍戸錠や二谷英明の顔も見られる。宍戸錠は制服を着た警部役でちっとも彼らしくない。容疑者(もちろん他人)の写真を見て“これは殺し屋のジョーだ”というところで場内爆笑。
#29「小島の春」豊田四郎/1940/東京発声/Mar. 16/フィルムセンター
瀬戸内を舞台に、癩病患者を療養所に収容する任務を負った夏川静江(女医)の、患者や村人たちとの触れ合いを描いた作品。どういう目的か明示されていないが、村人たちの患者やその家庭に対する接し方がやや穏やかなことから、国民を懐柔しての患者隔離促進国策映画ではないかと思われる。実際にはその頃のハンセン病に対する民衆の理解がどの程度なのかまったく知識を持たない者なので、この推測には何の根拠もない。たとえ良心から出たことだとしても、病気に対する誤解・偏見がまぎれもなくそこにある。つらいことだ。加えて、子役の中村メイコのデベソが見られる。こちらもつらい。
#28「過去のない男」アキ・カウリスマキ/2002/フィンランド/Mar. 16/恵比寿ガーデンシネマ★
明日にもイラクへ米帝がミサイルを撃ち込もうかというこの激動の時代、いつもと変わらない、時間のゆっくりとした進みがスクリーンの中にあった。登場人物はみな寡黙である。全編ユーモアで成立しているが、その裏には必ずペーソスが潜む。犬までがきちんとそれを心得ている。そして画面に溢れる、人生に不可欠な音楽……ホノルルゥ〜、ホノルルゥ〜、午前二時ぃ〜♪ そういえば、救世軍のバンドで唄う顔のでかいばあさんのアップが恐かった。救世軍ってどの国でも同じ格好してるんだ。一度大変お世話になったので頭が上がらないのだけれど、いったい救世軍って何なんだろう? キリスト教の一派と思えばいいのかな? あいかわらず主役をはっているカティ・オウティネンは、だいぶしわのあるおばさんになっちまいました。
#27「キープ・クール」張藝謀/1997/中国/Mar. 8/新宿武蔵野館2
噂の怪作『英雄』が待ち遠しい張藝謀の、1997年未公開作品。北京を舞台にしたバリバリの現代劇というところが、一般にもたれている監督のイメージから離れているので日本公開が躊躇われたのだろう。前半は、姜文がふられた女の子をしつこく追い回す話。後半は、姜文が壊したパソコンの持ち主にしつこく追い回されると同時に、女の子を奪った男をしつこく追い回す話。ふざけたストーリーだが、このしつこさが本作の肝である。天安門前を自転車で走り抜けるシーンがある。あれは気持ちよさそうだ。僕もいつかやってみたいものだ。自転車文化が終焉を迎える前に。
#26「『あの子を探して』ができるまで」吉田啓/2002/ドラゴン・フィルム/Mar. 8/新宿武蔵野館2
張藝謀の傑作『あの子を探して』のいわゆるメイキング・ビデオである。ホエクーやミンジの素顔が見られる。といっても、映画中とそんなにはかわらないのだが…。クランク・イン前、オーディションで選んだ子供たちに標準語を教えるシーンがある。各地から集めた子供の訛りがマチマチなのは不自然だろうし、全国で観てもらえる作品にするには共通語が必要ということなんだろう。そんなところは“やはり映画なんだな”と、改めて確認させられる。日本人スタッフで撮ったらしい。ナレーションなど、作り方が'70年代あたりのテレビ・ドキュメンタリーみたいに感じた。狙ったのかな?
#25「わが命の唄 艶歌」舛田利雄/1968/日活/Mar. 7/フィルムセンター
芦川いづみはどこ? パンフに名前があったから観に来たのに、出てくるのはダンナ(藤竜也)とか水前寺清子とか気持ち悪い団次郎(帰ってきたウルトラマン)とか、ロクなもんじゃないじゃないか。(冷静になってみれば、事前にきちんとフィルモグラフィを確認してこなかった僕が悪いのだけれど。) 冒頭には牧紀子が出てきたけど、すぐ死んじゃった。芸能人の若い頃が観られるのは貴重かも。太ってない泉アキと、直立不動・黒タキシードの美川憲一と。話も割合面白かった。業界で成り上がっていく渡哲也と老練の芦田伸介の師弟関係、渡哲也と敏腕プロデューサー佐藤慶の因縁。自分探しの男を中心とした日活式のストーリー建てに、東映の演歌魂(?)を練り込んだ珍作。
#24「限りなき前進」内田吐夢/1937/日活多摩川/Mar. 1/フィルムセンター
二度目(→一度目)。おそらくまったく同じプリント。“改編版”と呼ばれる説明字幕が入るバージョンである。戦前の不況時代に企業間で広まった定年制が起こす悲劇で、小市民ものが得意だった小津安二郎の原作。リストラ・定期昇給廃止のデフレ時代に観ると、野々宮氏の発狂も多分に同情を呼びそうである。だからかなんだか、雨だというのに満席のフィルムセンターであった。『浮草』の仙太郎さん(潮万太郎)が若い社員役で出演しているのを発見。結構キャリアが長いんだな。北竜二も出てるんだけど、もしかしてデビュウ作?
#23「船を降りたら彼女の島」磯村一路/2002/えひめ映画製作委員会/Mar. 1/有楽町スバル座
大杉漣という役者は、僕にとっては『変態家族・兄貴の嫁さん』(磯村一路は製作)の“間宮周吉”であって、いつ見ても笠智衆のまねを見ているような気がしてしまう。今回も“周三”なんて役名で、年ごろの娘をもっていて、高台から海を眺めたりして、いやがおうにも小津モードである。桜むつ子も『がんばっていきまっしょい』に続いて出演してるし。残念ながら、妙な間の取り方や、木村佳乃のバストショットフレームにビール瓶を入れたのが中途半端な上、東京から帰ってきた娘のひとりよがりな“自分探し”のお話には少々ひいてしまった。烏丸せつこ(配付されたパンフでは“鳥丸”)がおばさんになっていたのがショックだ。
#22「猟奇的な彼女」クァク・ジェヨン/2001/韓国/Feb. 22/シネマスクエアとうきゅう
猟奇的。魅力的なタイトルである。そりゃいいすぎで、少々元気が良すぎるだけだろう、と予想していたのだけれど、確かに結構猟奇的かもしれない、と納得してしまった。何かというと“ぶっ殺されたい?”と凄む。老人に席を譲らない輩に怒鳴る。こんな女の子がたまにはいてもいい。なんと実話にもとづいているらしい。完全な娯楽映画で、こういうのは深く考えて観てはいけないのだが、はっきりいえば映画的にはたいしたことないしスケールも小さい作品が韓国興行収入第一位(香港でも)になった理由は何なのだろうか。ケータイやゲームでTVを見なくなった世代が、これまでTVドラマに求めていたものを、映画に求めるようになった、一種の逆流現象とでもいえるのかもしれない。
公式サイト
#21「次郎長遊侠伝・秋葉の火祭り」マキノ雅弘/1955/日活/Feb. 22/中野武蔵野ホール
そんなわけで、今週もまた中野に行ってきた。マキノが東宝から追い出された後、日活で撮った次郎長もの。まだ一家を持っていない頃の設定のようだ。田中春男の法印大五郎、森繁久彌の森の石松が東宝版と同じ面子。次郎長は東宝版では大政の河津清三郎。だいぶ老けてる。敵役の黒駒に、わはは、三島雅夫だ。あと『月は上りぬ』で日電の技師をやっていた三島耕が出てたな。そんで、ヒロインは松竹から日活へ移ったばかりの北原三枝。北原三枝といえば『お茶漬の味』にちょい役で出たのがデビュウ。あれは『秋日和』でデビュウの岩下志麻に気づくより難易度が高い。てなことはさておき、次郎長、面白かったよ。フィルムが途中で切れちゃったのは残念だけど、お詫びにタダ券もらった。
#20「用心棒」黒澤明/1961/黒沢プロ=東宝/Feb. 16/フィルムセンター
こいつを劇場で観るのは三度目(→一度目,→二度目)。クサイのが多い黒澤映画の中にあって、娯楽に徹していて一番面白い。話はまんま西部劇だけれど、『荒野の用心棒』の方が本作のリメイクであることは有名な話。撮影は『羅生門』で組んだ宮川一夫で、ただ面白いだけではなくきれいな画面であることが大スクリーンだとよく分かる。相変わらず印象に残るのは、加東大介と山田五十鈴。どちらも俳優魂の塊のような鬼気迫る怪演だ。
#19「次郎長三国志 第八部・海道一の暴れん坊」マキノ雅弘/1954/東宝/Feb. 16/中野武蔵野ホール
シリーズ最高傑作といわれるモリシゲ石松主演作品である。いわゆる金比羅代参道中の話。片目になって吃りの直った石松は喋りまくって、話は軽快に進む。そして夕顔との出会い。切られて開く石松の左目。確かにいままでの中では一番いい。とはいえ、次郎長一家の活躍がないのはちょいと淋しいな。お仲さんも出ないし。逆に、第六部と第七部を抜かしての上映のため、知らない登場人物がいたりする。第九部も上映されないため、中野通いはこれでおしまい、と思ったが、来週には日活版がかかるらしい…(次郎長は河津清三郎)。
#18「重慶から來た男」山本弘之/1943/大映東京/Feb. 13/フィルムセンター
1942年に3社が合併させられてできた大日本映画製作株式会社、略称・大映の製作。憲兵司令部後援。バリバリの防諜・国策映画である。いまでこそ、ある意味娯楽映画として観ることができるが、当時の人たちはすぐ隣でも起こりえることとして真剣に観ていたのだろうか。徴用された素人が旋盤など使って作った部品で戦闘機ができて、それがちゃんと飛んでいたなんて、いささか驚きである。諜報活動をする在日中国人の親玉的存在で北竜二出演。この頃は外国人の役ばかりやっていたらしい。
#17「<AFTER WAR>」諏訪敦彦,ムン・スンウク,王小帥/2002/日=韓=中/Feb. 9/テアトル池袋
三人の監督のオムニバスで、すべてディジタル・ヴィデオ作品。最初の2作は“韓国映画祭”らしく韓国が絡んでいたのだけど、なんだかよくわからなかったので割愛。お目当ては3つ目の王小帥である。どうやら本当に死にそうな人を見つけて、その人が死ぬまでを撮っているようだ。父親の死を目前にしてどうしようもない娘を延々と追い続けるヴィデオカメラ。本当は演技なんじゃないだろうか、と思ってみたりするが、フィルムでないところが余計にリアルである。真相はいかに? Q&Aはパスして、夢民でポパ〜イ。
#16「関の彌太ッぺ」山下耕作/1963/東映/Feb. 9/フィルムセンター
錦ちゃんがロリコンの話。ロリータは大きくなって十朱幸代になる。初回観たときには★をひとつ付けてますね。あの頃はやたらと★を乱発していたようで、最近の渋い評価とはえらい違いですね。さてここで問題です。この映画のタイトルの“ぺ”は、ひらがなでしょうか、それともカタカナでしょうか。とりあえずひらがなにしてみたものの自信がないです。パンダゴロはカタカナだっていうし。誰か教えてください。
#15「次郎長三国志 第五部・殴込み甲州路」マキノ雅弘/1953/東宝/Feb. 9/中野武蔵野ホール
ブタマツシンダ。前作で登場したと思ったら、もう死んでしまった加東大介。次郎長本[582]によれば、急に『七人の侍』が入ったので上から殺すように指令の電報があったそうだ。いつの時代も便利に使われるマキノ監督である。寿々家のおせんちゃんが嫁入りして鬼吉と綱五郎が失恋した後、一家は黒駒に捕まったお仲を助けるべく甲州へ。田中春男の頭が張震みたいだ。
#14「ラヴァーズ・キス」及川中/2002/東北新社/Feb. 5/日比谷スカラ座2
きょうは東京都の映画の日だったらしい。それなのに、もともと安い名画座で二本立てと、前売券を買っている映画を観に行くなんて、やや愚。さて本作はいわゆる鎌倉映画。鎌倉がロケ地である。このことと宮崎あおいが出ていることが、ふだんなかなか観ることのない新作邦画に足を向かわせた。漫画が原作らしいが、♀→♀→♀⇔♂←♂←♂なる対称かつ歪な主人公たち高校生の関係設定に対して、そりゃないだろう、と思ってしまう。関係図の両端を構成する二人(一方は宮崎あおい)がなかなかよかった。由比ガ浜中央商店街は、商店街あげてキャンペーンを打っている割に、登場回数は少なかったような気がする。予告篇によれば、また違う鎌倉映画がかかるようだ。これは行かないかな。
#13「黒蜥蜴」井上梅次/1962/大映/Feb. 5/新文芸坐
大木実が明智小五郎、京マチ子が黒蜥蜴の大映バージョン。こちらの方が松竹バージョンよりも古いが、やはり三島由紀夫が江戸川乱歩の原作を劇化したもの。ミシマはミシマでも、三島雅夫が出ている。両バージョンを観た者の頭で繰り広げられる京マチ子と美輪明宏の対決はとてつもなく重く、脳が脂汗をかきそうだ。監督は井上梅次。ということはもちろん唄と踊りである。いつものキレは見られないものの、これが京マチ子と三島雅夫のテンション高い演技を中和してくれる。にしても、大木実の明智君は変。変だぞ。
#12「修羅桜」大曾根辰夫/1959/松竹/Feb. 5/新文芸坐
松竹三千本記念映画。プリント状態悪し。クレジットが切れていたりして、せっかくのオールスタア映画なのに出演者がよくわからない。尾張大納言は高橋《ノンちゃん》貞二。まじめな役なのに、かすかにあのとぼけた喋り方が出ていて吹き出しそうになった。火薬を大量に使ったり、オープンセットとして組んだ隠れキリシタン村を焼いたり、現代から見れば地球にやさしくない撮影である。ところで、平日の映画館にいるスーツ姿の人って何者? 何人もいたぞ。(僕は有給休暇です。)
#11「小さな中国のお針子」戴思杰/2002/仏/Feb. 1/ル・シネマ1
文革時代、僻地に住むお針子の文盲少女が、再教育で派遣されてきた青年二人が語ってくれる禁書の外国文学(これがバルザックというところがフランス映画だと認識させてくれる)によって自立する。好みかと聞かれるとそうでもないのだけど、最近一番の注目中国女優、『ふたりの人魚』の周迅がこのお針子を演じている。陳果の新作にも主演しているらしい。文盲、本のない世界、あるいは情報の遮断というのは、日々の生活に困るかもしれない(困らないという人もいるだろう)が、それ以上に人生というものの豊かさに決定的に影響を与えると思う。豊かさは幸不幸とは違うけれども。インターネットよ、永遠に。
#10「次郎長三国志 第四部・勢揃い清水港」マキノ雅弘/1953/東宝/Feb. 1/中野武蔵野ホール
加東大介の豚松登場。ぶたまつ。なんとも冴えないあだ名である。だいたい太っているというだけで豚なんて呼ぶのは安易すぎる。メインストーリーは、三五郎と石松が、腹を空かせて動けなくなった巡業中の相撲部屋連中を引っ越したばかりの次郎長一家に連れていき、一家初の興行と花会を開くというもの。これに盛りだくさんのエピソードが入る。豚松が次郎長に“子分にしてくんろ”というのもそのひとつ。関取・八尾ヶ岳は東映版では遠藤辰雄が演じていて、顔はともかく身体に迫力がなかったが、東宝版は立派な体格の人(千葉信男)でリアリスティックだった。
#9「1票のラブレター」ババク・パヤミ/2001/イラン=伊/Jan. 25/新宿武蔵野館3
僕は『はじめてのおつかい』というTV番組が嫌いだ。出演している子供たちではなく、企画そのものがいやだ。これと同じような感覚をイラン映画に対してもつことが、たまにある。本作もそんないやあな予感を持ちながら観に行った。結果として、それは取り越し苦労に終わった。キシュ島のパステルカラーの中で起こる、選挙管理人の女の子と若い兵士の一日は、いつまでも心地よい余韻を残すだろう。音楽は『花様年華』のマイケル・ガラッソ。琴をうまく使って、このフィックス・長廻しを多用した淡い淡い物語を絶妙にサポートしている。
#8「ノスタルジア」アンドレイ・タルコフスキー/1983/伊/Jan. 25/シアター・イメージフォーラム
最近タルちゃん作品の中で日増しに評価を増してきた作品。(もちろん僕個人のお話) 最初に観たのは実に18年前なんだなあ。当時はイタリアに関する知識をあまり持っていなかったことで、単純に絵の美しさに見とれ、そしてウトウトしたものだ。(タルコフスキー映画で寝ない者は、実はその作品を観てはいないのだ。) 今回は、猛烈にトスカーナに行きたくなった。ローマに行きたくなった。それにしてもこの客死した映像詩人のロシアへの悲痛なノスタルジーに直面するとき、なぜゴルビーがあと10年早く登場しなかったかと嘆かずにはおれない。(と、紋切りなことを書いてみる。)
#7「次郎長三国志 第三部・次郎長と石松」マキノ雅弘/1953/東宝/Jan. 25/中野武蔵野ホール
習慣化しつつある、毎週土曜日の中野参り。あまりに面白いので、本まで買ってしまった。第三部は『次郎長と石松』という題名だが、実質は石松、つまり森繁久弥が主役である。そういう意味でも、総合的にも、これまでで一番おもしろくない。モリシゲは、なんというか、あの歩き方からして気取ってて妙だ。その一方、相手役(といっていいと思う)の久慈あさみ演じるお仲は、ありゃあよかった。あんな派手なアクションで壺が振れて、しかもイカサマまでできるのかどうかはともかく。唄も粋だし、画面を見る限り三味線も自分で弾いている(三味線って“弾く”のかな?)ようで、好印象。
#6「婚約三羽烏」島津保次郎/1937/松竹大船/Jan. 18/ラピュタ阿佐ヶ谷
一口に“三羽烏”といってもいろいろあるが決定版は、上原謙、佐野周二、佐分利信で構成される松竹三羽烏だろう。本作は、都会的な上原、庶民的な佐野、ワイルドな佐分利という売出し方をそのまま踏襲した人物設定(役名もそれぞれ健、週二、信)。三人が揃って就職した人絹(レーヨンですね)会社で、社長令嬢の高峰三枝子を巡る恋のさや当てをする。話として、映画として、また書割が多用されているので東京風物の記録としても、たいして価値はない。ではあるが、きわめて松竹的で観ていて楽しい。教訓めいた台詞もないし、1937年、まだ国内は平穏だったことを実感できる。
#5「純情二重奏」佐々木康/1939/松竹大船/Jan. 18/ラピュタ阿佐ヶ谷
16mm版の上映は、もともと前後篇16巻だったものをまとめたものなので、話が飛んでいるし、クレジットにはある吉川満子や淡谷のり子の姿が認められないうえ、音声が一部まったく聞き取れず残念だった。で、その編集の効果か、『高峰三枝子vs木暮実千代:二大女優の対決』と副題でも付けたいような印象である。斎藤達雄が真顔で喋るとき、彼の顔に蝿が止まっていた。今度上映するときには入口で蝿叩きを観客全員に渡していただきたいな。ラピュタなら、それくらいできるでしょう。
#4「最後の博徒」山下耕作/1985/東映京都/Jan. 18/中野武蔵野ホール
任侠映画の重鎮・山下耕作の描く『仁義なき戦い』。スポットをあてる人物を換えているものの、登場人物が重なり、同じ会社ということもあって俳優陣も似たような面子。ただし、演じる役柄がそれぞれ異なるために、山下演出と深作演出の違いを楽しむと同時に、俳優の役作りの比較も面白い。必見はチバちゃんで、『仁義…』の菅原文太の役どころを演じているのだが、明らかに菅原文太の物真似。なかなか似ているよ。これにひきかえ金子信雄役の成田三樹夫。ちゃんと口をすぼめなきゃだめだよ。なっとらん。(て、物真似大会じゃないんだけどね。)
#3「次郎長三国志・次郎長初旅」マキノ雅弘/1953/東宝/Jan. 18/中野武蔵野ホール
けんかの仲裁をしただけなのに、追われる身となった次郎長一家の珍道中。茶畑を進む一行の周りに茶摘みの女性たち。彼女たちが廻れば、一家も廻る。楽しいなあ。小堀明男の次郎長はにやにや笑ったりして堂々とした親分という感じではなく、むしろ河津清三郎演じるところの大政が大変どっしりして頼りがいのあるのが、こちらのバージョンの特色か。これに田崎潤の桶屋の鬼吉と田中春男の法印の大五郎がちょろちょろ絡んでどさ回り喜劇集団を構成する。本作からモリシゲの森の石松が登場。あいかわらずいけ好かないおっさんである。
#2「きらめきの季節/美麗時光」張作驥/2001/台湾=日本/Jan. 11/シアター・イメージフォーラム
お早ようシネマ2001年ベスト1作品。にもかかわらすだ。会場はガラガラ、来週あたりで打ち切りらしい。まったく、神経衰弱になりそうだ。最近感じるのだけど、僕の気に入る映画は一般に評価がたいして高くなく、期待外れの作品が巷のベストテンに入っていたりすることが多い。何故だ? 名指しで悪いが例えば『鬼が来た!』なんて、そんなにいいかなあ…。去年のベスト1『藍色大門』はどうなるのか、いまから心配。あっても心配、なくても心配である。あー、台湾に行きたい。(神経衰弱で支離滅裂)
#1「次郎長三國志・次郎長賣出す」マキノ雅弘/1952/東宝/Jan. 11/中野武蔵野ホール
二度目。前回は、文芸坐で第一部〜第五部を一気にオールナイトで観た…はずなのだが、実は結構眠ってしまってよく憶えていない。今回は、東映版(次郎長=鶴田浩二)を最近テレビで観たばかりなのでよく理解できるだろう。と思ったら、なんだかフィルムの状態がいまひとつだし、台詞も聞き取りにくい上、夜のシーンが多くてなかなか骨の折れる鑑賞になってしまった。(田中春男なんてほとんど声のみ) でも、マキノの力を抜いた演出は冴え渡っていて、面白いことには違いない。この後、三田に移動し、建築会館で開催中の伊東忠太展を見る。僕もあれくらいの画才があれば、人生もっと楽しかろうに。

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Last update: 12/31/2003

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