[↓2001年][↑2003年]

2002年に観た映画の一覧です

今年の標語: 吉田輝雄出演作を10本観よう(達成率: %)

総括: 完敗です。無念だ。そういえばハンサムタワーズのCDも買わなかったな。

Best10です。(旧作は含んでいません。ただし日本初公開作は新作扱い)

  1. #52「藍色大門」易智言/2002/台湾
  2. #16「A2」森達也/2001/A製作委員会
  3. #72「オアシス」イ・チャンドン/2002/韓国
  4. #17「活きる」張藝謀/1994/中国
  5. #18「少年と砂漠のカフェ」アボルファズル・ジャリリ/2001/イラン=日本
  6. #69「青の稲妻」賈樟柯/2002/中=日=韓=仏
  7. #33「KT」阪本順治/2002/日本=韓国
  8. #49「シーディンの夏」鄭有傑/2001/台湾
  9. #73「右肩の天使」ジャムシェド・ウスモノフ/2002/タジキスタン
  10. #6「息子の部屋」ナンニ・モレッティ/2001/伊

星の見方(以前観たものには付いてません)
★★…生きててよかった。
★…なかなかやるじゃん。
無印…ま、こんなもんでしょう。
▽…お金を返してください。
凡例
#通し番号「邦題」監督/製作年/製作国/鑑賞日/会場[星]

#80「グレースと公爵」エリック・ロメール/2001/仏/Dec. 29/シャンテ・シネ3
ロメールじいさんの新作。今度も同じような恋愛ものかと思いきや、巨大な書割の前でフランス革命時代のコスチュームプレイが展開する異色作。巨大な書割(油絵)はディジタル合成しているらしい。主人公は実在した英国女性グレース・エリオットで、彼女の回想録をもとに激動のパリにおけるオルレアン公爵(ルイ16世のいとこ)との交友関係が描かれる。いつもとは違う芯の強い女性で、おしゃべりもしない。何を思ってこういう趣向の、らしくない作品を撮ったのかな? おもしろくないわけじゃないけれど、じいさんの映画に期待するのはこれじゃない。これで2002年もおしまい。
#79「チェ・ゲバラ 人々のために」マルセロ・シャプセス/1999/アルゼンチン/Dec. 27/BOX東中野
人物Tシャツで世界一の売上げを誇るのが、チェ・ゲバラものであると、僕はにらんでいる(残念ながら僕は未所有)。それほど世界的に有名で人気のあるチェだが、日本についていえば彼が何者かを知っている人は多くないように思える。もちろん、このドキュメンタリーを観に来るような人は例外だろう。どこまで本当なのかは分からないが、文武ともに優れ、高い地位にいても庶民と同じ視点をもつ、聖人みたいな人であったらしい。西のゲバラ、東の周恩来というところか。こんな人が各国にいれば、世界はいい方向に向かうのかもしれない。いまはどこにもいないよね。
#78「キス★キス★バン★バン」スチュワート・サッグ/2000/英/Dec. 27/シブヤ・シネマ・ソサエティ
キスキスバンバン、メリークリスマス♪ 解散してしまったピチカート・ファイヴの初代ヴォーカル・佐々木麻美子さんのウィスパー・ヴォイスが懐かしい唄と同じ題名の映画を観に行った。やはりクリスマスに合わせて公開したんだろうか? 題名に★が3つも付いている。こりゃずるい。なので★はあげない。引退声明した非情な殺し屋(Bang Bang)の飯田蝶子(実はおっさん)が、転職して33歳の青木放屁をお守りし愛情(Kiss Kiss)が芽生える英国版『長屋紳士録』である(嘘)。おっさんがクラブで二丁拳銃をぶっぱなすのだが、二丁拳銃といえば周潤發。白い長いマフラーまかなきゃだめだよ、おっさん。音楽はおしゃれ、タイトルもおしゃれ、本編ももう少しおしゃれ(クール)だとよかったのに。
#77「夜を賭けて」金守珍/2002/日=韓/Dec. 21/シネ・アミューズEAST
終わってみれば、何の話だったのかよくわからない。大阪に住むいわゆる在日朝鮮人・韓国人の戦後一時期における生活模様を、山本太郎演じる若いのを中心にエキセントリックに描いているようなのだが、どこまでがリアルでどこからがフィクションなのか。不屈の精神で逞しく生き抜く彼らのキムチパワーが炸裂していたことは確かだ。韓国でスラムの大セットを組んで撮影したんだそうだ。ペイするとは思えないが、このような思い入れ作品を作る人たちに拍手を贈りたい。それにしても、警察での取り調べにおける差別、暴力が凄まじかった。必ずつけが回ってきまっせ、そんなことしてると。
#76「南と北」キム・ギドク(金基悳)/1965/韓国/Dec. 21/フィルムセンター
ダイレクトなタイトルだ。どんな映画なのか。妻子と離別した男が38度線を命がけで越えて探しに来たが、待っていたはずの妻はすでに他の男と結婚していた。おお、愛しの紋切り型である。しかも男(北鮮軍少佐)が投降した相手である韓国軍大尉は、なんと妻の再婚相手だったのだ。運命のいたずらというか、監督(原作?)のご都合というか。映画はこうでなくちゃ。こういう話の結末はいわなくてもわかるので書かないが、とにかく悲劇の王道を行っている。北の者を冷徹な人間として描かないところに、監督の良心を感じるね。上映後、パンダゴロが“お腹を鳴らさないでください”と僕を非難した。冗談じゃない、それは後ろのおっさんである。断固謝罪を要求する。
#75「ラスト・プレゼント」オ・ギファン/2001/韓国/Dec. 8/シャンテ・シネ
本作は、唾棄してもいいくらいの単なるお涙頂戴作品で、本来ならばチラシチェック時点で鑑賞候補から外れるべきものだ。のだけれど、イ・ヨンエという“酸素のような”女優が主演となれば話は別である。観ているだけで幸せというもの。会場は、涙を流したい症候群の女性たちと、イ・ヨンエ観たい症候群の男性とで満席であった。女性の喋る韓国語はとてもチャーミングな響きがあり、以前からのお気に入りだ。最近自分でも勉強する気になって韓国語レッスンの本なぞ買ってみたりしているが、ある本によれば、韓国語には男言葉と女言葉の区別がないのだそうだ。となるとなぜあんなに印象が違うのだろう? 謎である。
#74「ケドマ」アモス・ギタイ/2002/イスラエル/Dec. 8/有楽町朝日ホール(FILMeX)
そうなのだ、本作の撮影はアンゲロプロス作品でおなじみのヨルゴス・アルヴァニティス。これが作品のトーンを支配していて、徹底的な長廻しと暗い画面が、その強烈な内容とは裏腹に、観る者を眠りに誘ってしまうのだ。長い言い訳はみっともないのでやめておくが、ここんとこ映画疲れで…。ときは1948年。イスラエル建国宣言後彼の地へノアの箱船“ケドマ”で向かった、かつては迫害されたユダヤ人たちが、現地でパレスチナ人を迫害する側に回ってしまった事実を冷徹な演出で描く。一旦は友好的になりかけた両者は泥沼にふたたび陥ってしまった。どうしたら世界が仲良くなれるのか。それには必要条件がひとつある。最近になってやっとみんなそれに気づき始めたようだがのだが、この問題を解決する術はいまのところないようにみえる。*sigh*
FILMeX Q&A採録 by しゃおがん
#73「右肩の天使」ジャムシェド・ウスモノフ/2002/タジキスタン/Dec. 8/有楽町朝日ホール(FILMeX)
Q&Aで監督を見て、憶えのある顔だと思ったら『ザ・ロード』で主役の男を演じた人だった。『ザ・ロード』はカザフスタン作品で、本作はタジキスタン。二国に挟まれたキルギスも含めて、あのあたりでは映画人交流が結構あるのだろう。さてさて、僕は本作、かなり気に入りました。自分が危篤だとムショ帰りの息子をだまして家をリフォームさせる老母、息子の借金を巡り暗躍する町長、“お前の息子だ”と子供を渡され戸惑いながらも徐々にかわいがるようになる“息子”。一見でみんな素人の役者だとわかるが、これが村の雰囲気によく合っている。握手しながらの値段交渉は、この国独特のものだろうか? あれだと、腕力の強い方がいつも勝ってしまって不公平だぞ。
FILMeX Q&A採録 by しゃおがん
#72「オアシス」イ・チャンドン/2002/韓国/Dec. 3/有楽町朝日ホール(FILMeX)★
ペパーミント・キャンディー』は頭を上から押さえつけられるような映画だったが、本作は脳をぐらぐら揺さぶられるような感覚。善人を気取りながらも裏ではマイノリティにとことん冷たい社会への強烈な批判メッセージなのに、ちっとも暗いとか固いと感じない。この監督、なんだか異能の人である。ちょいと頭のいかれたムショ帰りの男と脳性麻痺の女の、うーん、これはラブストーリーなのか? 親族から、社会から疎外されるふたりはしばしば幻想の世界へ。『ラ・パロマ』を思い出させる、極めて映画的・官能的でゾクゾクするシーンである。それにしてもソル・ギョング、今回のような役だとますます明石家さんまにしか見えない。
#71「小雨の歌」連錦華/2002/台湾/Dec. 3/有楽町朝日ホール(FILMeX)
陳湘[王其]が大陸花嫁で、台湾で苦労する話。かぼちゃの種かなんかをつねにかじっているのが微笑ましい。見ているうちに、本当に大陸娘のような気がしてきた。『青の稲妻』もそうだが、経済急成長の中国には、その裏で取り残された人びとがたくさんいる。彼らは、周りの繁栄を自分も享受できる日を夢見ながらもがき、場合によっては、燕子のように偽装花嫁となって海外へ脱出する。そんな状況を台湾の側から静かに見つめる本作は貴重な存在である。さて、本日の有給休暇の最大の収穫は、映画とは関係ないけど、びゅうプラザ有楽町の井出さん。ふかっちゃんファンなら絶対気に入るかわいい人である。また切符を買いに行こう。
FILMeX Q&A採録 by しゃおがん
#70「幽霊人間」許鞍華/2001/香港/Dec. 3/有楽町朝日ホール(FILMeX)
ホラーである。許鞍華がホラー? いまホラーって香港で流行ってるの? ふうむ。舒淇主演。彼女って何歳? いつまでたっても同じようなファッションと芸風だな。男はふたり出てきて、ひとりは李燦森だったけど、もう一人は知らない狩人みたいな奴だった。ストーリーのつながりに説得力がないのが気になるが、許鞍華とはいえこれが香港映画であることが免罪符になるだろう。MTRのシーンにクレームがついて香港ではカットされたというが、問題があるようにはまったく思えなかった。ところで、中国人のお墓はだいたい南向き斜面の一等地にあってしかも大きい。へたすると、生きているときに住んでいた家より高いんじゃないだろうか。
#69「青の稲妻」賈樟柯/2002/中=日=韓=仏/Dec. 2/有楽町朝日ホール(FILMeX)
オフィス北野のヒモ付きとなってしまった感のある、世界のトップ監督・じゃじゃんくー。新作はどうだ? 今年のFILMeX、メインイベントである。今回は汾陽ではないが、同じ山西省の大同が舞台。この内蒙古自治区にほど近いさびれた炭鉱町で、職のない青年二人の未来のない日常が描かれる。その一方が恋するモンゴル酒を宣伝するダンサーは『プラットホーム』で最も堅い役をやってた趙涛で、本作ではがらっと違う印象。が、今回最も驚いたのは、高速に切り返しあるいはパンを反復するキャメラであった。映画中、『花様年華』の音声が聞こえたり『パルプ・フィクション』をパロったシーンがあったり、自作の名前を出演者に言わせたり、余裕さえ感じさせる堂々たる出来だ。とはいえ、新作対決なら張作驥の勝ちだな。
FILMeX Q&A採録 by しゃおがん
#68「チキン・ポエッツ」孟京輝/2002/中国/Dec. 2/有楽町朝日ホール(FILMeX)
書けなくなった詩人が、怪しい男から“詩人”ソフトの入ったCD-ROMを買い、そのソフトが自動生成する詩で時の人になってしまうという、よく聞くような寓話。これが養鶏場を主とする妙な舞台で展開する。『地下鉄のザジ』なんかで使われたようなオーソドックスな映画トリックが、いまとなっては逆に新鮮にみえたりもするが、残念ながら全体として僕の感性のギヤとかみ合うことはなく、延々と空回りしているような印象であった。主人公の恋人になるフライトアテンダント志望で色盲の女の子は『ドリアン・ドリアン』の秦海[王路]。見れば見るほど普通の女性だ。それにしても、映画であるにしても、これが現在の中国か。もはや有名無実の社会主義である。
#67「再生の街」ウラジミル・ヴェンゲロフ/1965/ソ連/Dec. 2/有楽町朝日ホール(FILMeX)★★
活気ある幸せな一工業都市。大戦によって突然廃虚になった後、ふたたび立ち直る都市、市民。これで、玉の汗をかきながら疲れを知らず赤い星の下に突き進む労働者たちを想像するのは陳腐な発想というもの。復興していく街を背景に、戦争で失明し堕落していく男を描いた傑作である。スターリン時代の暗い影も感じられるが、そんなことも映像表現できる時代になっていたということだ。男は最終的に街の復興に追いつき、映画は円環的に終わる。その、朝の工場への出勤風景は、スケールこそ違うものの『早春』の蒲田のように見えた。
#66「夕立ち」マルレン・フツィエフ/1966/ソ連/Dec. 1/有楽町朝日ホール(FILMeX)★
FILMeXができてから年に二度も映画祭に出かけなくてはならなくなり、そのために週末が土日とも埋まってしまう日が以前より多くなった。休みが欲しい。さて一本目。フランス語なら完ぺきなヌーベル・ヴァーグ映画。内容もさることながら、音楽がソ連映画とは思えない。移動が起こるたび、つぎつぎとかかる違う曲。これがおしゃれ系でダバダバまである。二十代後半の女性とその恋人と友人たちの日常。革命から約半世紀、戦争が終わり、スターリン時代も去ったモスクワには、スノッブで頭でっかちな若者が西側諸国と同じに存在していたというわけだ。こんな映画が最近まで未公開だったとは。むむむ、ソ連映画にはまだお宝が眠ってるんだろうなあ。
FILMeX 監督トークショウ採録 by しゃおがん
#65「ジューン・ブライド」唐煌/1960/香港/Dec. 1/国際交流基金フォーラム
主役は葛蘭(グレース・チャン)。相手役はマック鈴木(張揚)である。葛蘭の父親役で鈴木ヒロミツ(劉恩甲)も出演。葛蘭とマック鈴木の結婚式を明日に控えた日、ポパイ(というよりブルートか)みたいなマッチョ・喬宏が絡んできて一悶着起きる。彼の役名は“麦勤”だが、これってMartinだよな。そういえば、喬宏ってピッコロヴァーゾのオーナーに似ているなあ。なんて、きょう(鑑賞から6日後)行ったから思いついたローカルな話題はさておき、ピーク・カフェやペニンシュラが出てきて、セレブ(笑)な香港も味わえる一片である。
#64「恋の行方」岳楓/1957/香港/Dec. 1/国際交流基金フォーラム
“香港映画の黄金時代”の後半は張愛玲(の脚本作品)特集。本作は林黛主演の恋愛コメディで、監督はバンツマの『狼火は上海に揚る』の人だ。宇田川氏もシンポジウムで言っていたが、僕も林黛タイプは苦手である。氏とは異なり、今回見てもその印象は変わらなかった。わがままお嬢様の林黛に、香港のマック鈴木・張揚、香港の菅直人・陳厚、香港の鈴木ヒロミツ・劉恩甲が青山の豪華別荘でベタベタ絡む。まあ、面白いかと聞かれれば、面白かったと答えるかな。青山というのは初めて聞いた地名だったが、屯門の先の山中なんだな。いまも高級別荘地なんだろうか?
#63「ホノルル・東京・香港」千葉泰樹/1963/東宝=国泰/Nov. 30/国際交流基金フォーラム
これまでの2作では、北京語(香港なのにね)、日本語、英語が均等に使われていたが、本作はかなりの部分が英語。ゆーみんは中国系二世なのだ。ミス・ハワイに選ばれた賞品として日本・香港旅行へ出かける言語障壁コメディで、なかなか楽しい作品に仕上がっている。移動はもちろんパン・アメリカン航空。The most experienced airline in the worldである。この時代の映画はほんとパンナムの協力が多くて、意味もなく(?)雲上を飛んだり、離陸する機体を見せられる。必然的に懐かしの啓徳機場も頻出するのだが、目を凝らしても九龍城砦が近くに見えなかったなあ。同一フレームに納まることはなかったが、上原謙・加山雄三親子が共演。ほんとに血がつながってるのか?というくらい、似てないな。
#62「香港の星」千葉泰樹/1962/東宝=国泰/Nov. 30/国際交流基金フォーラム
三作のうちこれだけプリントがきれいだったが、ゆーみんがあまりかわいくなくて一番面白くない第二作。主題は、留学生ゆーみんとその下宿先の娘・団令子との、宝田をめぐるさや当てゲームである。舞台は香港、東京、札幌、シンガポール、クアラルンプールと移っていく。豪華だなあ。でも、考えてみれば国泰(キャセイ)はシンガポールが本拠地だからな。何の問題もないか。宝田がゆーみんと出会うのは、香港のソニーショップ(ソニー坊やがいた)。この頃にはもうSONYはカリスマブランドだったのだ。上映後、生の宝田明氏登場。尤敏をはじめとするいろいろな人の話を喋る喋る。あんなじいさんになっても毒舌がよく廻るものだ。宝田明といえば、僕にとってはやはりミス・ユニバース日本代表選考会の司会者というイメージが強かったが、『100発100中』を観て以来、日活のアキラに対抗する“東宝のアキラ”として、認識を新たにしている。別にファンにはならないけれど。
“宝田明 大いに語る”採録 by しゃおがん
#61「香港の夜」千葉泰樹/1961/東宝=国泰/Nov. 30/国際交流基金フォーラム
尤敏(ゆーみん)と宝田明の“香港三部作”の上映がぴあに突然載ったのはひと月ほど前だったか。ちょいと興奮しながらブックマークしたものである。これはその第一作で、ごく最近東宝の倉庫でプリントが発見されたとのこと。貴重な上映である。残念ながら退色の激しい赤っぽい画面で、緑色らしい尤敏の服もよく識別できず。尤敏を観たのははじめてだったが、当時ゆーみんブームというものが起こったのが納得できるかわいさだった。ストーリーは『慕情』と『客途秋恨』を否応なく想起させるもの。後者は本作よりずっと後なわけで、許鞍華が本作を意識していたかどうか。上映後、四方田犬彦氏と門間貴史氏(ともに明治学院大)による、日本映画界と香港映画界の交流に関するシンポジウムがあった。ある質問者が草笛光子の起用について『シベ超』との関連に言及した際、四方田先生お怒りだったのが印象的。
シンポジウム“日本香港映画交流史”採録 by しゃおがん
#60「月は上りぬ」田中絹代/1955/日活/Nov. 23/川崎市民ミュージアム
場所を川崎に移して観たのは、やはり1955年の日活作品。主役も北原三枝で、『青春怪談』ではバアのマダムだった山根寿子が、本作では浅井家の長女で出演している。小津安二郎が田中監督に肩入れしたので有名で、“小津唯一の日活作品”といったら信じる人がいるかもしれないくらい。脚本が小津安二郎、音楽が斎藤高順、助監督に斎藤武市、出演陣にも笠智衆と佐野周二ときたもんだ。前回観たときは、“田中絹代は女優をやってた方がいい”と書いたようだが、比較対象を小津にするのはかわいそう。どうしてどうして、なかなかようやりよる。ところでこの上映は美術監督・木村威夫の特集で、これを書いている本日(11/24)にはいづみさま第42作の『若い川の流れ』がかかるようだ。残念ながら観られず。またの機会に。
#59「青春怪談」市川崑/1955/日活/Nov. 23/ラピュタ阿佐ヶ谷
好みでない監督の作品ではあったが、いづみさま第4作・日活移籍後第一弾ということで、むりやり家庭内稟議を通して阿佐谷に出向いた。この頃の彼女はまだチンチクリンで、演技もベタベタである。これがそのうちはまり役として認知される、頼りになるお姉さまに変貌するのだけど、その過程が注目される。しかしながら、この時代の出演作はなかなか観られないのが実情である。一年後の『洲崎パラダイス 赤信号』では、容姿はまだあどけないながらもとてもしっかり者を演じていたので、この間の10本余りのフォローが重要であろう。芦川いづみ論はこのくらいにして…、主演の北原三枝と三橋達也もおいておいて、圧倒的な存在感があったのが轟夕起子。いつもの恰幅のいい女将さんとは異なる、精神年齢は二十歳くらいのおばさんを演じていて、ちょいと『千羽鶴』の若尾文子と対決させてみたいところだ。
#58「カササギの声」キム・スヨン(金洙容)/1967/韓国/Nov. 16/フィルムセンター
恋人に会うため戦場で自ら手を撃ち抜き生きて帰ってきた男と、恋人は戦死したと聞かされてすでによそへ嫁いでいた女。このデッドロックの末路は悲劇しかない。美しい農村を舞台に、朝鮮戦争をはるかな背景にして、じりじりとドラマはその結末へ進んでいく。モノクロ画面にカササギの鳴き声が不吉に響いて観ている者もくらあくなってしまうこと請け合いのネガティヴにパワフルな映画だった。おかげでおなかが空いて仕方がなかった。ちなみに、主演は『裸足の青春』と同じ申星一だったが、3年経ったからか今回は江原真二郎には見えなかった。
#57「裸足の青春」キム・ギドク(金基悳)/1964/韓国/Nov. 10/フィルムセンター
浜田光夫+吉永小百合コンビの『泥だらけの純情』(中平康/1963/日活)の韓国バージョン。韓国の浜田光夫は、浜田光夫というよりは江原真二郎。韓国の吉永小百合は、吉永小百合というよりは中村玉緒であった。四方田犬彦先生の御本[406]によれば、これはいわゆるパクリで、日活には一銭も入っていないそうだ。まあ三浦友和+山口百恵版リメイクでも日活は儲けていないだろうけども。ところで、その四方田本に書いてある本作のあらすじ解説は、ぜんぜーん違ってた。先生、ほんとに観たんでしょうね?
#56「至福のとき」張藝謀/2002/中国/Nov. 10/ル・シネマ
お待ちかね、張藝謀の新作。主演の董潔は『恋人』で見てしまったので新鮮味は薄れてしまったが、好みかどうかはともかく相変わらず細くて透き通りそうな感じだ。原作は莫言。藤井省三先生のお気に入りですね、確か。原作もこんなのかどうか知らないが、硬派な莫言イメージ(ちょっとしか読んだことないけど。あ『紅いコーリャン』もそうか)を覆す軟弱な話だった。何もかも中途半端なのだ。結局董潔はどうなってしまうのだ? おじさんは助かるのか? ここは大連のどこなんだ? 徹底的なのはおばさんの巨体だけだった。(そのおばさんの態度でさえ、中途半端なのだ。) うーむ、不満だ。『英雄』を待とう。
#55「復讐者に憐れみを」パク・チャヌク/2002/韓国/Nov. 3/シアターコクーン(TIFF)
どのような観客をターゲットにしているのか気になる作品。もしたくさんいるとすればだが、ソン・ガンホのコメディ目当ての客にはショッキングな映像目白押しで、興行成績に響きそう。(実際、入りが相当悪かったと聞いている。) 『JSA』にもみられる諦念的な世界観で、誰もが徹底的に悲愴である。随所に織り込まれたギャグが徹底度を倍増し圧倒的。その意味で一見の価値あり。ヨンミという活動家を演じていたペ・ドゥナという女優は初めて見たけども、なかなかよかった。彼女は道行く人にビラを配り“新自由主義反対”と話しかける。(僕も反対です→新自由主義) これで今年の映画祭もおしまい。授賞式を見るのはたるいので、来年からはクロージング作品は観ないことにしたいな。
#54「密愛」ビョン・ヨンジュ/2002/韓国/Nov. 3/シアターコクーン(TIFF)
ナヌムの家』等のドキュメンタリーもので評価の高い監督が劇映画に着手。韓日友好大使だかなんだかやっているキム・ユンジンが、夫の不倫発覚で鬱病(かな?)にかかり、静養のため移住した田舎で今度は自分が不倫してしまう主婦を演じる。彼女の人生再出発で映画は幕となるが、決して明るい結末ではない。不倫相手が渡辺徹の若い頃に似ていて失礼ながら笑ってしまった。ティーチインで西洋人ジャーナリストが、韓国では不倫した女性が罪になるのか?というような意味の質問をした。監督は、そんなことはない、と答えたようだけど、確か韓国にはまだ姦通罪があるんじゃなかったか?
#53「引き金」楊順清/2002/台湾/Nov. 3/シアターコクーン(TIFF)
元殺し屋の男と、保護監察中だったお陰で無実の罪で刑務所に入れられた青年をメインに、青年の母親と、刑務所入りのきっかけとなった少女が絡んでいくなかなかハードボイルドな一片。楊徳昌組の作品で、画面が暗くてロングの固定ショットを多用。俳優の顔がよく見えず、誰が誰なのか理解するのに時間がかかったのだが、さすがというか、ガンを撃つシーンでは緊張感がみなぎる。元殺し屋のおじさんによれば、にぎり寿司の元祖は花蓮あたりの先住民族らしい。その真偽のほどは知らないが、日本人を初めとして、なんでみんなにぎり寿司が好きなのか理解できない僕であります。とんかつの方が絶対美味い。
#52「藍色大門」易智言/2002/台湾/Oct. 27/シネフロント(TIFF)★
ティーチインで言及がなかったが、もともとコンペ出品の作品なのに、ここに出す前によその映画祭(坎城(カンヌ)らしい)に出したとかでコンペから外されていた。製作側のモラルを問うべきか、映画祭の権威のなさを嘆くべきか。そういった一種政治的なことはうっちゃっておいて、作品はいわゆるひと夏の青春もの。主役はもちろん男の子と女の子なのだが、その背景にはやや意外な三角関係があり、これがドラマを提供する。悪くない。台湾でいま一般公開しているようだが、ヒットするといいね。師大附中の校門は映画には出てこなかったような気がする。ほんとに青いんだろうか? 主役の女の子・桂綸[金美]はゲストで来ていたが、陳綺貞似だった。(映画中の話。実物は遠くてよく見えなかった。残念。) →藍色大門官方網站
#51「恋人」蒋欽民/2002/中国/Oct. 27/オーチャードホール(TIFF)
張藝謀の新作『至福のとき』主演の董潔が、ここでもハンディを負ったヒロイン(今回は口がきけない)を演じている。これに耳が遠いうえほとんど文盲の青年と、目の見えない親父。意志の疎通だけで目が回りそうな面子であるのに、決して暗い話ではない。みんなが生き生きしていて、そういう点はなかなかいい。のだが、おとぎ話は生理的に苦手である。誰かがティーチインで“ラストシーン以外はリアリティのある…”なんて言っていたけれど、そんなことはない。赤いアド・バルーンの出てくる冒頭から思いきりフィクションだったのだ。ラストはそれを確認しているに過ぎない。
#50「香港ノクターン」井上梅次/1966/香港/Oct. 27/渋谷ジョイシネマ(TIFF)★
今年の東京国際映画祭の私的メインイベントがこれ。『嵐を呼ぶ男』で有名な井上梅次の、『踊りたい夜』(1963/松竹)の香港で撮ったリメイク(原題『香江花月夜』;1995年に再リメイク)。『踊りたい夜』には吉田輝雄が出ているんだなあ。こっちをやってくれれば達成度が10%アップしたのに、ぶつぶつ…。そんなことはさておき、こりゃいいですよ。なんといっても天才・服部良一先生の楽曲が満載。主演はかわいい鄭佩佩だし、田豊がバレエの先生という奇想天外なキャスティングもお見事。歌って踊って楽しいミュージカル映画をまたひとつ発見、といったところです。ところで今年からこの映画祭の多くの上映が座席指定になりました。上映終了後に急いで次回の行列に並ぶ、という例年の苦行がなくなったのは嬉しいですが、自分の好きなポジションに座れないのもちょいともどかしいですね。
#49「シーディンの夏」鄭有傑/2001/台湾/Oct. 26/シアターコクーン(TIFF)★
予定していた海外(おそらくカリフォルニア)に行けなくなった大学生が、石碇の実家で過ごす夏休みを描く1時間の中篇。タッチがなかなかよくて気に入った。天灯という、日本でいえばどんど焼みたいな風習での、空一杯に上昇するぼんぼりの美しいこと。高野寛による音楽もぶーつお。24歳でここまでの作品が取れる監督。台湾電影の未来は明るいか。敢えて難をいえば、実家に下宿するカナダ人の女の子がかわいくない…。帰宅後、石碇の位置を確認するために台湾地図を見た。そこで初めて、台北からは全く違う方向に出発するのにもかかわらず、坪林と平渓が実は近いということを知った。な〜るほど・ザ・台湾。
#48「大酔侠」胡金銓/1966/香港/Oct. 26/シアターコクーン(TIFF)
胡金銓が台湾に移る直前の作品でショウ・ブラザーズ製作。SHAW SCOPEだ。例によってゾクゾクするような武闘(あるいは舞踏)シーンが見られるのかと期待していたが、ストーリーテリングが雑で正直言ってあまり面白くもなかったよ。『龍門客桟』などのための習作といった印象。主演は鄭佩佩。『グリーン・デスティニー』での碧眼狐狸役ではちょいとおっかないばあさんになっていたのに、まだ二十歳でかわいいぞ。最初は滅法強かったのに“大酔侠”が実体を現すと急に弱くなったりして、わざとかな? 最初のシーンは山上でのロケだが、背後に見える山が基隆山のように見えた。まさかね。
#47「僕、バカじゃない」梁智強(ジャック・ネオ)/2001/シンガポール/Oct. 26/渋谷ジョイシネマ(TIFF)
チラシには“爆笑コメディ”なんて書いてあったが、実は大して笑えない。コメディというよりは、イデオロギー抜きの政府批判映画。そういう意味でなかなか面白かった。オッケーラー。監督は中国系。出演者も敵役の白人を除けばほとんどが中国系シンガポーリアン。シンガポールでは中国系が最も優遇されていると思っていたのに、実は違うのかな? 肉干(ジャーキー)って美味しいよなあ。また食べたいなあ。あれをチューインガムとして売り出すアイデアは秀逸。実際に発売したら人気が出るんじゃないだろうか。
#46「酔っぱらった馬の時間」バフマン・ゴバディ/2000/イラン/Oct. 12/ユーロスペース
奇抜な題名である。どんな内容なのか興味が湧く。イラン人とクルド人は1,000円というのもいい。イラン人はともかく、どうやってクルド人であることを証明できるのか? “僕クルド人でぇす”といって入場した人がひとりでもいるのだろうか。イラン・イラク国境で密輸に関わるクルド人の村で、難病の兄を抱えて懸命に暮らす子供たち。手術代を稼ぐために、嫁に行ったり密輸に行ったり。密輸のタイヤを運ぶのはラバ。寒いので酒を飲ませてから国境越えさせるのだ。ん?馬じゃないじゃんか。ラバなら『酔っぱらったラバの時間』とすべきじゃないのか。オフィスサンマルサン、おそるべき配給会社である。
#45「秋日和」小津安二郎/1960/松竹/Oct. 11/鎌倉生涯学習センターホール★★
鎌倉同人会主催の映画上映会は、生誕100年を控えていろいろ企画が準備されているらしい小津安二郎の1960年作品。この作品はうちで100回以上(冗談でなく)観ていると思うが、スクリーンで観たのは一回きり。きょうは、司葉子がゲストでやって来るという餌にも釣られて、有給休暇を取った。いやあ、大画面はいい。隅々までよくわかる。それにニュープリントだったらしく発色もすばらしく、女優陣の着物の映えること映えること。テーマの掘り下げ方が比較的浅いからか『東京物語』などと比較するとやや低くみられているが、小津作品では最も豪華。ギャグも冴えている傑作である。ところで司葉子はトークの前に原節子と一時間も電話で喋っていたと聞き手役の山内静夫氏がばらしていたが、そんなに長く何が話題だったんだろう?
#44「ギャング同盟」深作欣二/1963/東映/Sep. 21/中野武蔵野ホール
きょうは曽根晴美デイといってもいいだろう。この頃の彼はまだスマートで、会社としても2.5枚目あたりで売り出そうとしていた意図が窺えるのだが、やはりちょいと濃すぎたのが結局矢野止まりだった理由だろう。さて、“同盟”は曽根のほかもくせ者揃い。首領格は内田良平、参謀に佐藤慶、それから戸浦六宏、山本麟一、楠侑子。うーん、同盟にしたらもっと濃くなったぞ。これで元の組織を潰した大組織へ挑んでいく。最初に仕事をして、その後の展開を見せるというのは『レザボア・ドッグス』みたいだ。タランティーノは深作も好きみたいだからな。でも『ギャング』シリーズならやっぱり石井輝男だよね。
#43「風来坊探偵・岬を渡る黒い風」深作欣二/1961/ニュー東映/Sep. 21/中野武蔵野ホール
東映のオープニングといえば、荒波ザッパーン。対するニュー東映は、火山ドッカーンである。この作品、『赤い谷の惨劇』と同じ月に公開されており、ぶっ通しで撮ったものと思われる。キャストが、ほとんど判で捺したよーにおんなじだ。このシリーズ(?;2本だけだ)で小林旭に対する宍戸錠の役目を担うのは曽根晴美。『仁義なき戦い』シリーズで矢野を演じていた人である。前作では“スペードの鉄”と名乗り、最後にチバちゃんに“また会おう”なんて言っていたくせに、今度は“ジョーカーの鉄”でまったくの初対面風情。どう見たって同じ人物なのにだ。まあ、それは北原しげみ等、他の出演者にもいえることなのだけど。
#42「風来坊探偵・赤い谷の惨劇」深作欣二/1961/ニュー東映/Sep. 21/中野武蔵野ホール
深作欣二のデビュウ作。これが日活・マイトガイ小林旭の『渡り鳥』シリーズおよび『銀座旋風児』シリーズの二番煎じであることは誰の目にも明らかなのだが、ここまでアッケラカンとやられると笑って観ていられる。渡り鳥ならぬ風来坊とは、千葉真一。チバちゃんといえば空手ベースのアクションだ。本作ではその片鱗は見せるものの、拳銃ならぬウィンチェスター銃(?)をがんがんぶっ放し、やたらと笑うイカレタやつである。滝伸次のような翳りは微塵もない(深作作品だからね)。やっぱり歌が唄えないのは致命的だな。『晩春』の服部さん・宇佐美淳が宇佐美淳也となって出演。だいぶ年取ったね。
#41「チャドルと生きる」ジャファル・パナヒ/2000/イラン/Sep. 14/シブヤ・シネマ・ソサエティ
これまでのほのぼの作品からは想像のできない、小津でいえば『風の中の牝鶏』(ほんとはちょいと字が違う)みたいな位置づけの作品。ひと言でいえば、暗いシャカイテキモンダイサクである。『白い風船』の冒頭で見せたようなキャメラが移動しながら被写体を変えていく手法を全編にわたって使用し、犯罪歴のある女性5,6人(うち数人は脱獄囚)を追っていく。主人公格の女性はいつもおどおどしていて、何で刑務所に入り、何で脱獄までしたのか不明だが、ささいな事件で不当に扱われぶち込まれたのではないかな。イスラム社会での男女差別の深刻さが陽に暗に改めて認識される。この辺がキリスト教社会でウケた理由だろう。ヴェネチア映画祭で金獅子賞、本国では上映禁止。パナヒさん、次はどう出る?
#40「ブランコ」アクタン・アブディカリコフ/1993/キルギス/Aug. 31/シアター・イメージフォーラム2
The Chimp』が『旅立ちの汽笛』として公開間近のアブディカリコフ監督が当時10歳の息子ミルランを使って撮った作品。モノクロで台詞もほとんどなく(字幕なし)、笑い声と妙な効果音によって催眠術をかけられてしまった。木立の中にあるブランコ。年上の女の子が乗ったブランコを押す、どうやらその女の子に憧れている様子の少年。女の子の恋人。ブランコで遊ぶ二人を見てしまう少年。ブランコに乗る女の子を描いた落書き。お葬式。落書きを消す少年。再び書かれた落書き。記憶にあるこれらの断片をつないでストーリーを組み立てるべきかもしれないが、それは放棄してしまおう。周りの観客も寝てたし、まあいいだろ。
#39「怪盗ブラック・タイガー」ウィシット・サーサナティヤン/2000/タイ/Aug. 31/シネクイント
ひさしぶりに東京に出た気がする。8月最後の日、渋谷は大変暑かった。さて、トムヤム・ウエスタンなどとチラシに書いてあったこの作品、確かにタイが舞台の西部劇だった。(マシンガンなぞが出てきて『ワイルドバンチ』フレーバー。それと少し『愛と誠』入ってます。) 昔の着色絵葉書のような絵作りで、細かいところまでむちゃくちゃ凝っていた。音楽もメロメロ・ベタベタで絶妙。楽しかった。こういう作品作ってしまうと次が難産しそうで、監督がやや心配だ。今回、初めて渋谷ミニシアター回数券を使った。前売券のような記念品にはならないけど、かなりお得。ぴあに感謝。探検隊は嫌いだけどね。
#38「金魚のしずく」黎妙雪/2001/香港/Aug. 3/新宿武蔵野館3
大陸から香港にやって来た元刑事の凄腕じいさんが、失踪した孫娘を探す。この過程で孫娘の女友達P(紀ノ国屋鎌倉店・コーヒーコーナーのお姉さん似)と関わりあう。このふたり、両者ともなかなかハードボイルドに生きていて、かっこいい。じいさんの着ていたジャケットは、北京でお掃除おじさん・おばさんが着用しているアレではないのか? 映像は、呉家麗と劉以達を斜向かいに座らせる小津的人物配置でおっといわせるかと思えば、妙な効果入れたり変にアップしたりして、なんか素人っぽかった。
#37「白い船」錦織良成/2001/ゼアリズ/Aug. 3/銀座シネ・ラ・セット
思いは届き、夢は叶うものなのです。こんな甘っちょろい、コピみたいな映画を子供にみせちゃいかん。思いはなかなか届かず、夢は儚く消えるのが人生である。出てくるみんなが善人で気持ち悪い。ひたすら沖を行く白い船を追い続けるというコンセプトは『鉄塔武蔵野線』に通じるものを感じたので期待していたのだが、少々残念でした。舞台の島根県平田市というところには行ったことがある。一畑電鉄にも乗った。ただし塩津という日本海側の町は知らない。だからなんなの?と津島恵子みたく聞かれても困るけど。
#36「女囚701号 さそり」伊藤俊也/1972/東映/Jul. 25/フィルムセンター
梶芽衣子といえば『仁義なき戦い 広島死闘篇』を想起するのだけど、本作の方がずっと著名な気がするし、クールな題名が日活系のスタイリッシュな作品を期待させるので、いつか観たいと思っていた。ところが…、いきなり君が代に日の丸。ばりばりに東映である。エロ・グロ・ナンセンスが1:1:3くらいの割合でミックスされたあきれた映画。梶芽衣子ってこんなシリーズで主役はってたんだ。女優はつらいよ。三原葉子もパンツ一丁で暴れてる。最近Vシネマでリメイクされているようだが、こちらもこんな内容なのか? 梶芽衣子が夏八木勲に復讐を果たす旧警視庁屋上でのクライマックス。ロケは、憧れの三信ビル屋上だった。今度上ってみよう。鍵が開いているといいけれど。
#35「狐の呉れた赤ん坊」丸根賛太郎/1945/大映/Jul. 14/シネマ・ジャック
今年は映画を観るペースが遅いようだ。そのわけは、観たいと思う映画が少ないからで、休みに出かけるのが億劫でスカパーで録った映画なぞ観ながらカウチでぼーっとしているからではない。と思う。(映画館に行かずとも映画はいくらでも観られるのだ。きのう観た川島雄三の『学生社長』の面白かったこと。でも映画はやっぱり映画館で観たいけれど。) これは、大井川の渡しをやっているバンツマがお狐さんから赤ちゃんを授かり、しかたなく育てるうちに情が移ってしまうが、実はその子は由緒ある…、というどこにでもある話。丸根作品にしてはいまひとつの出来だ。戦後すぐの作品で(刀は出てくるが殺陣はない)、いろいろ大変だったということか? 質屋の看板“質々始終苦”ってのがいいね。
#34「狼火は上海に揚る」稲垣浩,岳楓/1944/大映=中華電影/Jul. 14/シネマ・ジャック
東京から横浜に移った阪妻映画祭。会場はもちろん、というよりも残念ながらやはり、ジャックである。本作はフィルムセンターで去年観たのだから、わざわざこんなところで観なくてもいいのだが…。(とてもよい映画がかかるので映画館には罪はない。) 去年も同じようなことを書いたが、米英をとことん卑劣な国として描写するのに相対して日本がアジア同胞として中国の味方であると認めさせようとする説得力のなさに閉口してしまう。冒頭、黄浦江を走る帆船の甲板に並ぶちょんまげ姿の武士たち。このロケを傍で見ていた中国の人たちはどう思ったことか。
#33「KT」阪本順治/2002/日本=韓国/Jun. 22/シネ・ラ・セット★
現邦画界で位置づけに困る俳優を3人あげるとすれば、奥田瑛二、鶴見辰吾、そして佐藤浩市ということになる、僕の中では。彼らの共通点は、何を考えているのかわからない、また人気があるのかどうかもよくわからない、というところだ。そんな佐藤浩市だが、実は結構評価している。さすが三國連太郎の息子だけあって、顔はともかく存在感があるし演技もうまい。本作では、金大中拉致事件の片棒をかつぐ、危険思想をもった自衛隊員を不気味に演じているが、こんな役は他の誰にもやれないだろう。韓国ナショナリズムにストレートに関わる金大中拉致事件に、得意の在日朝鮮人問題を絡ませ、いわゆる骨太な作品に仕上がっていて見ごたえ十分。アメリカの横暴をチクリと糾弾している点にも満足だ。ところで、誰でも一度は思うであろうこと。江波杏子とアウンサン・スー・チーは似ている。
#32「きれいなおかあさん」孫周/1999/中国/Jun. 22/シャンテ・シネ2
心の香り』から何年だ? ひさしぶりに観る孫周作品。先天的に聴覚障碍のある息子を育てる母親(鞏俐)への限りなく優しいまなざしに心休まる小品である。娯楽映画とは少々違う性格からか登場人物の人間臭さがあまり感じられないが、感情が高ぶりそうな場面の一歩手前でさっと引いてしまう小津の得意技を使って、こういう話にありがちな単なるお涙頂戴の愚劣さに陥っていないところがいい。愚劣といえば英題の“Breaking the silence”というのは…。(邦題は直訳でいいですね。)主役の子が藤原鎌足に似ていたぞ。パンダゴロは同意しないようだが、構やしない。うん、絶対似ている。
#31「少林サッカー」周星馳/2001/香港/Jun. 8/シネマサンシャイン4番館
定期的に観たくなるバカ映画。今回は巷で話題のこれだ。周星馳ものはいままで10本も観ていないと思うけど、まあどれも下らないギャグの連発で成り立っているものだ。(決してけなしているわけではない。) 話は少林寺拳法を世界に広めるためにサッカーチームを結成してとある大会を勝ち上がるというもの。カンフーをサッカーに応用してむちゃくちゃ強い。当然SFXをバンバン使っているわけだが、予告篇で観た『エピソード2』なんかよりよっぽどいい使い方だと思う。最初香港が舞台だと思ってみていたら、そのうちそこが上海だということに気がついた。(看板が簡体字だし、東方明珠塔見えてるし。) で、なんでみんな広東語喋っとんねん? 趙薇と、彼女と話すときの周星馳だけは北京語喋ってるんだけど、それもちょいと変だよな。まあそんな細かいことにはこだわらず、ひたすら笑うのが正しい観方だ。李小龍や『男たちの挽歌』パロディも楽しいぞ。それにしてもFIFAワールドカップTM効果はすごいらしく、普段の香港映画とはまったく異なる客層で立見まで出ていたのにはびつくりである。お隣のおふたりさん、ひとつの席でダッコして鑑賞するのはやめてください。
#30「決闘 高田の馬場」マキノ正博,稲垣浩/1937/日活/Jun. 8/新文芸坐
血煙 高田の馬場』との違いがどこにあるのか、いまだによくわからない。僕の勝手な憶測では、オリジナルは『血煙…』だったのが、何かの折に再映した際に勝手に『決闘…』に変更されてしまい、現代ではどちらも流通している、それでいて中身はほぼ同じなのではないかと。とにかくバンツマが走って走って走りまくる映画。観ていてとても爽快だ。しかしふと考えてみると、この映画の主題は仇討ちである。18人の仇を相手に一人立ち向かうバンツマを、大勢のやじ馬が取り囲み、一人斬るごとに大喜びする人びと。これは何かがおかしい。自分が応援している者が死に直面しているのに、またその者がどんどん殺人を犯しているのに、まるで運動会か何かを応援しているようなのだ。このあたりは、1937年という公開年と無関係ではないような気がする。この時点で戦争は大衆にとって、まだ運動会みたいな感覚だったろう。
#29「雄呂血」二川文太郎/1925/阪妻プロ/Jun. 8/新文芸坐
サイレント映画だけれど、この上映は活弁トーキー版。弁士というやつは僕は好かない。あの画面から弁士は自分で勝手に台詞や解説をくっつけて、オリジナルの物語をねじ曲げているんじゃあないかと思う。そういう意味では字幕スーパーも同じだが。活弁の善し悪しはともかく、サイレントだとありがちな眠くなるのを抑える効果は確かにある。しかし、バンツマの声があれじゃあなあ。やっぱりあのカエルみたいな声がないとバンツマなんだかどうだかわからない。若いし、ドーラン塗りたくりだし。話は一人の実直な青年武士が世間の不条理さからどんどん落ちぶれていく救いようのないほど暗いもの。自由だった大正がまさに終わろうとし、これからやってくる重苦しい昭和時代を暗示するようだ。終盤の捕物でバンツマが十手持ち数十人を相手にする立ち回りは俯瞰移動で息づまるほど迫力がある。
#28「続影法師 龍虎相搏つ」大曾根辰夫/1950/松竹/Jun. 4/新文芸坐
ギャグがまったく笑えない。それどころか悪寒がしてくるくらいだ。プリントはちょいちょい飛ぶのだが、どうせ飛ばすのならギャグ部分を飛ばして欲しい。前作で死んじゃった徳大寺伸は続篇には当然出てこない。それにしても鶴田浩二の存在感がない。なるほど、まだデビュウして1年たつかたたないかなのだな。そういうことならしかたがないか。肝心の阪東妻三郎は、前作では一応二役を演じわけていたように見えたが、本作に至るとほとんど見分けがつかなくなった。触れていなかったが、話は幕府内の権力争いをめぐる陰謀をバンツマが暴くもの。とにかくおもしろくなかった。監督に問題ありとみた。
#27「影法師 寛永寺坂の決闘」大曾根辰夫/1950/松竹/Jun. 4/新文芸坐
バンツマ映画祭に行ってきた。平日の昼間だというのに結構人が入っていてバンツマのスタア度を実感。バンツマがひとり二役で敵味方を演じるのだが、プリントがボロいことが奏功してか合成部分がまったくわからなかった。いや、もしかしたらどちらかは田村高廣が演じていたのかもしれん。助演陣メモ…山田五十鈴、顔は長いが相変わらずお美しく、悪女役も巧い。入江たか子、もうおばさん。鶴田浩二、いたんだかどうだか。飯田蝶子、かつらかぶっても同じだ。そして徳大寺伸、悪くない役だが大役でもなく、やはり戦後の没落ぶりが窺える。結局死んじゃったし。
#26「暁の合唱」清水宏/1941/松竹/Jun. 1/三百人劇場
本作はビデオで観ているけれど、ついでなのでスクリーンで観ておくことにした。きょうの3作では一番気に入った。女学校を出た木暮実千代がバス会社に入社して車掌をやる。これに運転手の佐分利信とその友人の近衛敏明が絡む、一見恋のさや当て系な話。ただし、その辺の描き方はかなり弱いので、そこに注目して観てはいけない。あくまでバスから見える沿道の風景や、その中の人びとののんびりした様子を味わうべし。バスが出てくることもあって、ギャグなどが『有りがたうさん』の二番煎じになってしまっているのが残念だけれど、清水宏映画としては及第点である。なんで秋田まで出かけて撮ったのかは聞くまい。
#25「花形選手」清水宏/1937/松竹/Jun. 1/三百人劇場
本作は未見で三百人劇場の準備したパンフレットには“奇跡のような脱力系映画の傑作”と書いてあった。清水宏ののんびり脱力教信者の僕としては観逃すわけにはいかない。ところが…、あのコピーはJAROものだった。限りなく続く移動撮影は脳を麻痺させる至高の時間ではあったけれど。やはり清水宏の傑作といえば『有りがたうさん』と『』だ。主役の“花形選手”(みつるではない)を演じるのは佐野周二。彼にライバル意識を燃やすのは笠智衆。いつも昼寝しているのに、いざとなるとちゃんと笠智衆に勝つ佐野周二。“寝る子は育つ”という信条には激しく同意する僕であった。
#24「みかへりの塔」清水宏/1941/松竹/Jun. 1/三百人劇場
恥ずかしながら僕はこれまで近衛敏明と大山健二の見分けがよくつかなかったのだが、2人とも出演している本作を観直して、ついに完全な認識術を会得した。ということはともかく、冒頭の延々と続く後退移動撮影で、クレジットがなくとも(実際にはあるが)これは清水宏作品だということが一目でわかる。清水宏はもっと評価されなくてはならない監督だが、いまだに冷遇されているように思える。Webを検索しても“清水宏”といえばどこかのミュージシャンばかりが出てきて残念至極である。きょうはたくさん“清水宏”と書いているので、今後“清水宏”を検索するとこのページがトップに出てくるようになるかもしれない。ひひひ。検索エンジンってバカだなあ。ちなみに作品の出来はいまひとつ。パンダゴロは“笠智衆の水着姿が少ないじゃないか”と文句を言っていたが、そんなこと、わたし、知りません。
#23「紀ノ川」中村登/1966/松竹/May 25/三百人劇場
文字通りの大河ドラマであり、おそらく司葉子のベスト。明治後期〜戦後の激動の時代を嫁いだイエのために生きた女を、恐ろしいくらいの気迫で演じている。『秋日和』のアヤちゃんとはえらい違いだ。中身はまるきり違うが、なんとなく鞏俐の『紅夢』なぞを連想してしまった。司葉子の夫を演じるのはバンツマの長男。その弟を演じるのが我らがタンバである。どんなぶっとび演技を見せてくれるのかと思っていたら、意外に大人しい普通の人でちょっぴりがっかりした。田中絹代の『西鶴一代女』と芦川いづみさまの『結婚相談』をビデオで観てからというもの、沢村貞子が出てくるたびにおののいてしまうのだが、今回の通さん演じる政治家のとこから移ってくる大人しい女中役でも、いつ鬼婆に変身するのかとびくびくした。武満徹の音楽もよかった。(…なんか話にまとまりがないな。ま、気にしない、気にしない。はあなあもお、あらしもお〜♪)
#22「愛染かつら 総集篇」野村浩将/1938/松竹/May 25/ラピュタ阿佐ケ谷
はあなあもお、あらしもお、ふうみこおええてえ〜♪ 本作品はビデオでしか観たことがありませんでしたが、このたびめでたくスクリーンで観られることに相成りました。すれ違い系メロドラマの金字塔です。総集篇だからでしょうか、話がポンポン飛んで、おめえそりゃねえだろう(失礼)、と何度も思わずにはいられません。田中絹代と上原謙という大スタアの共演はたいそう豪華であります。それに野村版『愛染かつら』には桑野通子さまがご出演されておりまして、いつもの元気溌剌なお姿を拝見することができます。そうそう今回大画面だったおかげで看護婦の中に木暮実千代さんにしかみえない方がいらっしゃいましたが、どうやらクレジットにはそのお名前がないようです。調べてみますと彼女は1939年のデビュウのようですから、もしかしたら大部屋時代のお宝映像かもしれませんね。
#21「求人旅行」中村登/1962/松竹/May 11/三百人劇場
いないかっなー、いないかっなー、吉田輝雄は、いないかっなー♪ 年頭の目標をたててはや5ヶ月め。やっと達成率が0でなくなる日がやってきた。とはいえ本作品の主役は、高千穂ひづると南原宏治である。南原宏治を二枚目半あたりのいい役に起用するというのは、僕にとっては斬新なアイデアで楽しい。いびきをかきながら寝る場面があったが、目はしっかりつぶっていた。これから訓練するのだな。吉田輝雄は桑野みゆきとカップルで、『秋刀魚の味』の頃だからまだまだ初々しい。中村作品を観るのは劇場では初めてかもしれない。出演陣は豪華だしベタなギャグもほほ笑ましい。こういうのをもっと観たいもの。プリントがボロボロでセピア色の早送りというのが問題だ。松竹さん、手持ちのネガをすべて新たにプリントしてはいかがでしょうか?
#20「鬼が来た!」姜文/2000/中国/May 11/シアター・イメージフォーラム2
カンヌグランプリ作品がどうしてこんなマイナーな、100席程度のミニシアターでしかからないのか訝しく思っていた。観終わって配給業者の考えに(国際政治的な表現をすれば)一定の理解をした。確かにこれは日本ではヒットしないだろう。客観的にみてもまったく笑えないギャグに、シニカルなエンディング。監督は、中日関係をめぐる古くから(といってもたかだか57年だが)あるテーマを(もちろん表面上だが)喜劇的にまとめようとした。その試みは面白いと思うが、残念なことに破綻してしまったようだ。不必要に長尺だし、カンヌの審査員はともかく、おそらく中国国内でも受けていないと思う。ほぼ全編モノクロームで通したところはなかなかいい線いってるのに。個人的、あるいは日本人的に言わせてもらえれば、百姓出の香川照之があんな標準語を喋るわけがないところにリアリティのなさを感じた。そうそう姜文らは“知らない”というのを“知不道”と言っていた。僕は“不知道”と習ったのだが、これは方言かな?
#19「ドリアン・ドリアン」陳果/2000/香港/Apr. 20/恵比寿ガーデンシネマ1
最近映画をあまり観ていないが、そんな中で観ているのがすべて新作というのも珍しい。深[王川]から香港へと出稼ぎで流れてきた女性が、観光ビザが切れるのを機に故郷の北へ帰る。出稼ぎというのは売春である。[登β]小平の大看板が“ねずみを捕るのがよい猫だ”と語るように、女性は故郷で成功者として迎えられる。華やかな香港の裏町で、染めた髪といかにもな格好で闊歩していた彼女が、帰ればこれまたいかにもな東北女性に戻るのに小さく驚いた。タイトルのドリアンはもちろん南洋の果実の王様のそれなのだが、北の国にひょんなことから送られてきたドリアンは、忘れたい遠く南方の頽廃した臭いを漂わせ、彼女を悲しくも懐かしい気持ちにさせるのだ。香港にこだわってきた監督が牡丹江まで行ってロケしたこの作品。返還後の彼のスタンスが窺えて興味深い。
#18「少年と砂漠のカフェ」アボルファズル・ジャリリ/2001/イラン=日本/Apr. 6/シネ・ラ・セット
ジャリリお得意の、というか“これだけ”と言えそうな少年もの。アフガニスタン国境に近いデルバランという田舎でカフェを営む老夫婦が密入国少年キャインを住み込みのお手伝いさんとして雇う。密入国者に厳しそうで実はなかなか優しい刑事や、怒りっぽい修理屋や、猟師や医者や、もちろん老夫婦との、決してかわいくはなくむしろ生意気なキャインの交流が楽しい。監督は少年をあいかわらず走って走って走らせる。一度だけじいさんを走らせるのだけれど、このギャグがいい。遠くない彼の地では父親がタリバンと戦っている。少年もいずれは国境を再び越え、厳しい現実に立ち向かうだろう。ほほ笑みながら観ていても、少年の未来を思い(それは決して絶望ではない)暗い面持ちで映画館を後にすることになる、不謹慎かもしれないが、映画として絶妙のバランスをもつ作品である。
#17「活きる」張藝謀/1994/中国/Mar. 23/ル・シネマ1
文革を生活背景として織り込んだ作品といえば、個人的には『青い凧』に『プラットホーム』かな。本作もこのリストに加えられるものだが、面白いのは物語の始まりが国共内戦時代であることだ。どことなく『バナナ・パラダイス』を連想させるユーモアがいい。主演はおなじみの鞏俐と『再見のあとで』の葛優。葛優は薄い頭を活かしてこの大河ドラマを、あいかわらず締まりのない口元で好演している。張藝謀御大の作品としてはいささか物足りない感はあるけれども、鞏俐が出しゃばっていないところが却って僕には好印象だった。それにしても政治と宗教は紙一重だ。信者が多い宗派が国家を牛耳る。そして強い者は“自衛”し、弱い者は“テロ”るのだ。どちらも同じことしてるのにね。
#16「A2」森達也/2001/A製作委員会/Mar. 23/BOX東中野★
A』から4年。この間に教団の謝罪とアレフへの改称、そして上佑幹部の出所という事件があったが、信者たちは黙々と修業に励む。本作は前作と目立って異なる点がふたつある。ひとつはマスコミの最前線で教団周囲の取材にあたる記者のジレンマが描かれていること、もうひとつは信者居住の反対運動を行う住民の信者との交流が描かれていることだ。監督は一貫して事実を提示しているようなので、あの事件から時間がたって、彼らを取り囲む状況が少なからずも変化してきたことを示しているのだろう。これに対し、相変わらず殺人集団扱いの(結果としての)ねじれた報道と新たに信者が越した先の住民の反対運動の滑稽さ。お上扇動の徹底したオウム潰しに踊るわれわれに罪はないのか? タイトルの“A”は荒木広報部長の頭文字が第一義だったはずだが、今回彼はあまり出てこなかった。
#15「カタクリ家の幸福」三池崇史/2001/〜製作委員会/Mar. 22/シアター・イメージフォーラム
BUNKAMURAでガラガラの『タンタンの冒険』展を見てサイゴンでフォーを食べた後、こいつを観に来た。『クワイエット・ファミリー』の日本版ということと、これがミュージカル仕立てであること、そして出演者が誰であるか程度は知っていた。残念ながら『クワイエット…』は未見なので比較できないのだが、『DOA』以来の三池演出はまたまたぶっ飛んでいた。死体を目の前にしてカラッとした台詞を吐く松坂がX軸、存在するだけでオーラを発するタンバはY軸、そして唐突に唄い始める(しかも往年の振付で)沢田研二がZ軸をなす、やみくもに発散しそうでいて実はブラックホールのようなプッツン空間は、観る者をしばし遠い世界に連れて行ってくれる。それにしてもタンバ。演技なのか普段のままなのか。長生きして欲しい怪優である。
#14「暁の脱走」谷口千吉/1949/新東宝/Mar. 16/アテネ・フランセ文化センター
これと『野戦軍楽隊』の間に四方田氏とナチ時代のドイツ映画に詳しい明治大・瀬川氏の対談があった。瀬川氏はこのような舞台経験がないのか、面白いことをいろいろ知っていそうにもかかわらず、それがうまく聴衆に伝わっていなかったように思う。これはホストの責任では? その四方田氏は、話すことが 先の出版に書いてあることばかりだったので、読者にはいささかうんざり。映画の原作は田村泰次郎の『春婦伝』で、のちに鈴木清順がリメイクしているが、この谷口版はGHQの検閲で7回も突き返され、元々朝鮮人慰安婦の話だったのに、まっとうな慰安隊の日本人歌手という設定に置き換えられ、台詞にも当時のアメリカの意向が相当反映されているようだ。山口淑子は相当くさい演技で、野川由美子に数倍負けている。李香蘭時代の持ち歌『荒城の月』や『母は青空』はどういう思いで唄ったのだろうか。
#13「野戦軍楽隊」マキノ正博/1944/松竹(京都)/Mar. 16/アテネ・フランセ文化センター
映画史家として現在脂の乗りきっている感のある四方田犬彦氏の最近の出版『日本の女優』と『李香蘭と東アジア』の出版記念と称して企画された李香蘭(山口淑子)映画4本上映のうちの1本。戦争も末期になってマキノが撮った音楽映画で、軍隊ものにもかかわらず娯楽性がおおいに発揮されている。しかも主演は頭を丸めた松竹三羽烏。北支のどこかで将校の佐分利信が兵隊を集めて軍楽隊を組織する。そのメンバーに上原謙と佐野周二がいるのだ。軍楽隊の目的は文化工作。佐分利が飲み屋でクラリネットを吹くと、それまで泣いていた中国人の赤ちゃんがすやすや眠り出す。だめだめ、その赤ちゃんは眠ったふりをしているだけなのだ。中国人をなめちゃいかんよ。李香蘭はというと、軍楽隊が街に出て演奏するときに、そこにやって来て『天涯歌女』(周[王旋]の持ち歌だ)を唄ったと思ったらさっさとどこかに行ってしまう。あ、これだけですか出番。
#12「子連れ狼・三途の川の乳母車」三隅研次/1972/東宝/Feb. 25/シネマ・ジャック
若山富三郎特集で、2本立てを2本とも、そして若山富三郎が主演の作品をやっと観た。“子連れ狼”シリーズ第2作。もちろん《ちゃん》は若山富三郎である。勝プロダクションだからか、配給は東宝。そのせいだかなんだか、敵役が大木実、マドンナ(?)が松尾嘉代とかなりしょぼい配役。ちゃんは無茶苦茶強くて、人を斬るたびに肉が飛び、血がほとばしる。そこまでやらなくても、三隅監督…。要は劇画的なのだ。若山富三郎は大魔神じゃないよ。主役だと思ったらこんなのとか『シルクハットの大親分』みたいなキワモノしかないなんて、ちょいとかわいそうじゃないか。人を斬る代金は一人500両ということだが、そんな金全部あのボンドカーみたいな乳母車に入るのか? もし入っているとするとすごい重さでとても押せないだろうに。
#11「博徒外人部隊」深作欣二/1971/東映/Feb. 25/シネマ・ジャック
有給休暇でのんびり過ごす暇もなく、黄金町にお昼前から篭る。またまた《若山富三郎特集なのに鶴田浩二主演》映画である。ストーリー展開にかなり無理があるのだが、それを無視するかのようなテンポで鶴田浩二率いる《外人部隊》の進撃が続く。若山富三郎は、沖縄の名護市を拠点とするやくざの親分で、横浜から那覇に乗り込んだ鶴田浩二とは、共感をもつ敵同士という、小林旭と宍戸錠みたいな関係だ。鶴田浩二の子分役の小池朝雄が髪を垂らしているのが妙におかしかった。しかし、これがなんで“博徒”で“外人部隊”なんだ?
#10「傷だらけの人生」小沢茂弘/1971/東映/Feb. 23/シネマ・ジャック
“古い奴だとお思いでしょうが、古い奴ほど…” 小さい頃の僕にとっての鶴田浩二は、NHKの歌番組に出て手を耳に当てながらこの歌を唄う演歌歌手だった。現在、鶴田浩二とはノンちゃんであり任侠映画の代名詞・大俳優である。“そぉおですかい”という台詞の“ぉお”の部分を咽を鳴らすように発声するのが鶴田浩二の真似をするコツなのだが、いまだに体得できない。まあそんなくだらないことはさておき、この大ヒット曲にあやかった映画は、実録物を思わせる手持ちキャメラを使った最後の斬り込みシーンの迫力が素晴らしい。それに、若山富三郎が鶴田浩二の義兄弟役で活躍する、若山富三郎特集としても納得の作品であった。ただ、悪役王・天津敏の情けないこと。もっと凶暴で貫録のある役回りが必要だ。彼は遠藤辰雄なんかよりももっと上に立つ人である。それが筋ってもんですぜ。
#9「抱擁」マキノ雅弘/1953/東宝/Feb. 23/ラピュタ阿佐ケ谷
大変珍しいマキノの現代劇。山口淑子・三船敏郎の『醜聞』コンビ。マキノなんだから、山口淑子にもメロメロな演技を付けてもらいたいものだが、さにあらず。ただ暗くさめざめ泣くばかりである。加えて、三船敏郎のさわやか演技が実にサマにならない。“君が好きになっちゃった”なんてあの低い声で言われたら皆ひいちゃうよなあ。完全にミスキャストだと思うし、やはりマキノはチャンバラか任侠だね。ただ、スキーシーン(ロケ)は2人が吹き替えだとしても、なかなか爽快だった。雪崩シーンに同じ記録フィルムを何度も使うのには閉口したけれど。レアな上映に館内は満員。8割は山口淑子目当て、あとの1割ずつをマキノ目当てとミフネ目当てが分けていたとみた。(もしかしたら一人くらいは《ニューフェイス》平田昭彦目当てがいたかもしれない。)
#8「緋牡丹博徒 鉄火場列伝」山下耕作/1969/東映/Feb. 16/シネマ・ジャック
チャオタイで腹ごしらえして、さあ今週もまた“若山富三郎特集”のシネマ・ジャックへ見参。『緋牡丹博徒』第5作である。若山富三郎といえば誰もが熊虎親分を思い出すには違いないが、やはりこれも彼の特集を組むには出番が少ないシリーズだよなあ。所詮はバイプレイヤーなのか。本作だって、どう考えたって、丹波哲郎よりも(霊界から来たやつには勝てない)、鶴田浩二よりも(二枚目には勝てない)、そして待田京介よりも(これは屈辱かも)、地味だった。土曜ともなるとをぢさんの数も激増。あいつらトイレで手洗わないんだよ。席でたばこは吸うし、主題歌は一緒に唄うし…。むぅすぅめぇ〜、ざかりぃをぉ〜♪ そんなわけで、またまた併映は捨ててさっさと劇場を後にした。
#7「博奕打ち いのち札」山下耕作/1971/東映/Feb. 10/シネマ・ジャック
いまだ熱が完全に下がっていないのにいざ、若山富三郎を拝みに劣悪環境へ出かける。外はむちゃくちゃ寒いじゃないか。中は相も変わらず怪しいおじさんが集う。まあ『総長賭博』の山下耕作作品だからな。面白ければ、という期待が無理をした理由となったことは否めない。始まってみると…、なんだこのプリントは、ブツ切れじゃないか。久しぶりだ、こういうの。もちろん主演は鶴田浩二であり、若山富三郎の活躍する場面は一向になく、最後に近くなってやっとちょこっと見せ場がやって来た。これで特集組むのはかなり無理があるのでは? 例によって様式的な演出もなかなかで作品自体はかなりいけているものだったので、やはり選者がむりやり入れたとしか思えない。体調を考えて、2本立てのもう一本は捨てて帰ったが、無念にも熱がぶり返した。
#6「息子の部屋」ナンニ・モレッティ/2001/伊/Feb. 3/新宿ピカデリー3★
こないだ『親愛なる日記』のDVDが出たので買ってきて観直した。ヴェスパに乗ってローマを走り回る監督は実に陽気で、観ている方も断然楽しくなる傑作だ。対して、カンヌでパルム・ドールを獲ったという本作。『…日記』同様に監督が自ら出演しているが、印象はやや異なる。幸せに暮らしていた家族4人が不幸な事故によって3人になり、各々の生きるリズムが崩れていく。精神分析医の父親(これが監督)は患者に慰められるほど。さて、この家族はいかにして立ち直っていくのか。それは観てのお楽しみだ。“印象はやや異なる”なんて書いたが、根底には監督のラテンな脳天気さが脈々と流れていることが窺える、後味のよいドラマである。ところでこの監督、もう結構な年だし西洋人だしヒゲもたくわえているのに、禿げてない。不思議だ。これも脳天気さの影響かな?
#5「100発100中」福田純/1965/東宝/Feb. 3/ラピュタ阿佐ケ谷★
プリントはボロボロだったけれど、スカッとする軽快さに最後まで楽しく観させてもらった。いわゆる007シリーズのパロディ。珍妙な秘密兵器の類は出てこないが、純正ボンドガール・浜美枝が出演しているのだ。ちょいと格が違うよね。宝田明の主演というのはいまいちに思えるが、本作ではなかなかどうして、コメディアンに徹していやみがない。細かいことをいえば、拳銃密輸の香港人・黄が北京語を喋るのが解せない。悪態をつくときなどはやはり“がうちょあーっ”と言って欲しいものだ。冒頭の香港は実は日本だとして、後半のフィリピンはロケなんだろうか? そういわれればそうも見えるし、夏なら国内でも同じようなところはあるかもしれないし。(沖縄はまだアメリカだが。)
#4「ナチ収容所の素敵な生活」ミハエル・ボーンカンプ/1964/独/Jan. 28/BOX東中野
こちらは1944年にナチ党が製作した、収容所生活がいかに素晴らしいかを知らしめるためのプロパガンダフィルムを使って、ナチズムの非人間性を表現しようとした作品。場所はチェコのテレジンというところで、町全体が収容所なのだ。そこではさきほど目撃した情景とはまったく対極のものが進行していた。場所は違えども、ナチスドイツの収容所だ。これは夢か幻か、である。解説によれば、出演者の多数は完成後アウシュビッツに送られたとのことだ。ファシズムだろうが共産主義だろうが自由主義だろうが、搾取側の連中は大同小異である。ダイニッポンテイコクもだ。第二次大戦は、日本にとっては“負けてよかったじゃないか”と思うが、そのために戦勝国が広く長くのさばる結果になったことは世界の悲劇である。まったく迷惑だ。そう思いませんか?
#3「夜と霧」アラン・レネ/1955/仏/Jan. 28/BOX東中野
本作を観るのは2度目だと思うが、記録が見つからない。確かついうとうとしてしまって、詳細を把握できなかったのだ。今回観直す機会を得て、映像の断片のわずかな記憶が正しかったことが確認できた。そして全体像も明らかに。アウシュビッツ収容所を記録したフィルムと、戦後にその跡地を撮ったフィルムを繋ぎ、ナレーションを重ねたものだ。記録フィルムでは、モノとしてのヒトが淡々と処理されていく。サイレントであることがその印象を助長する。これに違和感なく、もはや誰もおらず草のぼうぼう生えた跡地内をキャメラは滑らかに移動していく。何も悪いことはしていないのに、わけもわからず連行され、人間性のかけらもない虐待を受け、飢えながら病気に冒されながら死んでいくなんて、まっぴらごめんだ。そんなことが罷り通る暗い世の中には絶対にさせないぞ。(別に具体的施策はないです。ごめんなさい。)
#2「暗黒街の対決」岡本喜八/1960/東宝/Jan. 19/ラピュタ阿佐ケ谷
午前中に江戸東京博物館の“東京建築展”を見に行ってから総武線で一本、今週も阿佐ケ谷にやって来た。きょうの主役は三船敏郎なのであまり期待していなかったにもかかわらずテンポもよくてなかなか面白かった。ラストで鶴田浩二が○○してしまうのが少し不満だが。本作でも監督の遊び心は好調。ミッキーカーチスや天本英世演じる殺し屋にキャバレーでコーラスやらせるなんて馬鹿げた発想は日活の監督にゃ(それが鈴木清順でも)とても無理だ。退色が激しく進んだフィルムは懐かしい雰囲気を全体に醸し出していた。こういうのは監督が予想していないことだろう。映画も熟成、というか年とともに味わいを変えるものだ。舞台の地方都市・荒神市はなかなかの都会で、立派なオーダーのあるホテルも渋かったぞ。もうないだろうけど、本当はどこなんだ?
#1「独立愚連隊」岡本喜八/1959/東宝/Jan. 13/ラピュタ阿佐ケ谷
2002年最初の映画館。ラピュタは近年よくおじゃましており、今年もちょいちょい行くと思うのでよろしく、である。トイレが玉に瑕だけど、湘南・新宿ラインができて少し近くなったしね。で、きょうはこれだ。家ではビデオデッキが予約録画している、まさにその作品を観に行ったのである。岡本監督作品はつねに娯楽精神全開で面白いのだけれど、僕とは若干位相がずれていてのめり込めないという印象をもっている。本作もまあそういったところだ。どこで撮ったのか知らないけど、爆薬の量といい、エキストラの数といい、結構お金かかってますね。鶴田浩二の馬賊姿が笑える。佐藤允の恋人役で雪村いづみが出ていた。この人を映画で見るのはもしかしたら初めてかも。中原早苗かと思ったぞ。中北千枝子が朝鮮人慰安婦を演じていたのがうまかった。あの人はいつでも手堅い演技で貴重なバイプレーヤーだ。杉村春子みたいな存在感がないのがいいんだな。

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Last update: 12/29/2002

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