帰りの横須賀線は最後のお楽しみです。
扇ヶ谷トンネルとJR鎌倉駅でとりあげた『晩春』の原節子と笠智衆以外に、『麦秋』で笠智衆と宮口精二が、一緒に横須賀線に乗り込んで東京へ向かう車内シーンがあります。
『麦秋』のシーンはたいして長くありませんが、並んで座り新聞を読んでいる二人は何の合図もなしに新聞を互いに交換します。そんなことが可能でしょうか? こんなところにも、リズム(間)を大切にし、余計な動作や言葉を嫌う小津のポリシーが隠されています。
このシーンでは二人の隣に学生らしき若い男が座っています。新人のキャメラテストではないかと思われますが、いまだに誰か分からないところからして、モノにならなかった役者さんでしょうね。
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さて、三たび『晩春』のシーンについて触れましょう。電車が、鎌倉→戸塚→川崎→新橋と進んでいく間に二人の位置関係は以下のように変わります。
- 二人ともつり革につかまり、立っている。
- 笠智衆が座り、その前に原節子が立っている。
- 笠智衆の左隣に原節子が座っている。
小津映画でよくいわれるのは“視線が交わらない”ことですが、その最たるサンプルがこの2番目のシーンです。観客は笠智衆が原節子のいる方向に向かって話しかけていると思い込んでいますが、ショットが変わると原節子はどうもその方向にいないように感じられる。これはキャメラを切り返すときにわざわざキャメラ位置を反対方向に移動させるために起こるのだと考えられます。小津がなぜこのような手法を取ったのか謎ですが、強いていえば、キャメラ位置を反転させることによって、常に役者の視線を同方向に向け、構図の安定性を得ることができるからかもしれません。
キャメラなしに視線のすれ違いごっこをすると、周りの人がひいてしまうでご注意を。
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それはそれとして、車内と外の景色を交互に使った時間経過の描写は見事でした。おしまい。
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